第5話

 ✿―✿―✿—✿


 ――次の日。


 バタバタと複数人の人が走り去る音が煩く、俺はふと目が覚めた。


「ん……」


 眠たげなな目を擦りながら、扉を開け騒がしい廊下を見る。廊下には数人の看護師さん達が慌ただしく走り回っていた。

 俺はその光景に何か嫌な予感を感じた。そして、一人の看護師さんが廊下の様子を見る俺に気づき、声を掛けてきた。


「あ、悠君!」

「どうしたんですか?」

「大変なの! 癒花ちゃんが、また発作を起こして――」

「――え?! そ、それで癒花は?! また、治りますよね?!」

「そ、それが……今回の発作は、いつもより酷いようなの」

「そ、そんな……」


 看護師の腕を掴んでいた手に力が入らず、スっと放れる。思考は全て停止し、目の前が真っ白く見えた。立っているのに、地面がグラグラと揺れているようにも見える。

 呆然と立ち尽くす俺に、看護師が両肩を力強く掴んでくる。


「悠君しっかりして! 癒花ちゃんが発作で苦しんでいながらも悠君に会いたいって言っているの。会ってあげて」

「癒花、が…?」


 起きたばかりだからなのか、それともこの状況から来る不安と絶望からなのかわからないが、喉の水分は薄く声も全然出なかった。


「きっと、今を逃したらもう……。癒花ちゃんの為にも、悠君の為にも行きなさい」


 トン…と背中を押され、止まっていた思考が一気に動き出す。狭く真っ白だった視界は、今はもう正常に戻っている。

 そして、俺は足の痛みなんか気にせず、慌てて癒花の病室へと向かった。


(癒花……今、行くから! それまで頑張ってくれ!)


 ………………

 …………

 …


 ――ガラッ!



 勢いよく癒花の病室の扉を開ける。病室には担当の先生と傍で泣いている癒花の両親が居た。


「ゆ、癒花…?」


 癒花は酸素マスクをし、とても苦しそうな顔をしていた。額から汗が流れ、顔色もかなり悪かった。

 癒花は俺の呼び声に気づくと、閉じていた瞼をゆっくりと開く。


「悠、君…?」

「癒花、大丈夫か?」

「悠…君……」

「なんだ?」

「来て、くれて…よかった……」


 弱々しく言葉を発する癒花に、俺は胸が締め付けられ、苦しくて痛かった。


「癒花。無理に話しちゃ駄目だ」


 癒花はそんな俺の言葉を無視して、それでも話しを続けた。


「あのね……わ、私……悠君に会えて……よかったよ」

「なっなんだよ急に…そんなの、俺もだよ!」


 俺は少し泣きそうになっていた。

 だって、癒花の手はまだ温かいのに力が全然無かったから。それに、無理に話しをする癒花の姿を見るのが辛かった。

 でも、癒花はそんな表情を俺に見せないように、必死に笑顔を作っていた。


「悠君。私、忘れないよ…? 昨日のこと……今までのこと……ずっと……ずっと、忘れない」

「俺だって忘れないっ! 忘れるもんかっ! だから……だから、元気出せよ! また、一緒に遊ぼうぜ! なっ?」


 癒花の手を強く握りしめながら言う。すると、癒花の目元がさっきよりも優しくなりクスリと笑った。


「ふふ……ありがとう」

「お礼なんていらない!だから――」

「――悠君……ありがとう、ね……」


 俺は、いつの間にか泣いていた。頬からポロポロと涙が溢れていた。

『お礼なんていらないから、そんな言葉いらないから、また遊ぼう』

 そう言いたかったのに、癒花は俺の言葉を遮り何度も何度もお礼を言う。


「ありがとう……あり…がとう……ゆ…くん……」


「ありがとう」という言葉は、次第に途切れ途切れになり、段々瞼が落ち声も小さくなる。そして、その言葉を最後に癒花は喋らなくなってしまった。

 癒花の体に付いている心電図の音もピーと、ただただ鳴っていた。


「癒花?……癒花! 癒花っ!!……嘘だろ? なぁ、返事をしろよ。癒花……。約束、したじゃん……また遊ぼうって! 癒花ぁ……うぅっ……っ」


 俺の呼び声に返事をせず、癒花は静かに眠った。それは本当に眠ってるようにも見えた。

 俺はそんな癒花の手を離さず、額にそっと合わせる。額からはまだ癒花の温もりが感じ取れ、俺はその場で泣き崩れた。

 そして、俺が泣きやむと、癒花の両親がそっと俺の肩に触れてきた。母親も父親も泣いていたのか、目が少し赤くなっていた。

 俺は初めて会う癒花の両親に挨拶をした後、その両親からもお礼を言われた。


《君が悠君だね》

《娘から聞いているわ。あの子、いつも楽しそうにあなたのことを話していたの》

《ありがとう、悠君。最後の最期で癒花の願いを叶えてくれて》


 今日で何度「ありがとう」という言葉を言われただろうか。

 お礼を言われるのは嬉しい筈なのに、今の俺にはその言葉は何だか悲しく聞こえた。


 ……………

 ………

 …


 ――その後。


 俺は癒花の葬儀に参加した後、また病院へ逆戻りとなった。治りかけだった足を悪化させ、退院が伸びてしまったのだ。

 やっと退院することになっても、俺はたまに癒花と一緒に流星群を見た高台へと訪れている。

 高台から見る景色は、癒花と一緒に見た景色となんら変わらない。変わっていない。

 それが俺には嬉しかった。


 そして俺は、此処に来ると癒花との思い出を思い返す。

 目を瞑ると、今でもハッキリと思い出せる。癒花のあの向日葵のような明るい笑顔を。

 確かに癒花はもう居ない。俺に笑顔を向けてくれることも出来ない。でも、癒花は今でも俺の中にいる。

 この大切な思い出の中に。

 だから今度は俺が癒花に言おう。


「癒花。俺と友達になってくれてありがとう。思い出をありがとう」


(終)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ありがとうの言葉 月🌙 @Yodu1026ki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ