第29話 「28話」

宿の部屋を変えてから2日後、俺はコボルト狩り……ではなくさらに深い階層へと足を踏み入れていた。

連日コボルトを狩りまくっていた俺を見ていたゴリさんからコボルトはもう止めてオークに行くとの指示があったのだ。

もちろん事前にオーク戦を前提とした稽古を受けてはいる。


ちなみにオークを狩る適正レベルは15ぐらいからとのこと。それもパーティを組んだ上でだ。

俺のレベルはと言うと倒した敵の数からしてレベル10もいってないらしい……右半身がレベル30分の補正あるから、右半身だけで見ればレベル40相当なんだけどね。

これって大体、中堅~ベテランあたりのレベルらしい。



まあそのへんは置いといて、狩りのほうなんだけど……コボルトの時と同じようにゴリさん達から少し先行していたんだけど、茂みの奥から荒い息遣いがすることに気が付いちゃったんだよね。


慎重に進み、そっと覗きこむとそこには凶悪な面をしたオークがこちらに背を向け地面に座り込んでいた……顔見えないけど。忙しなく聞こえる濡れた音にバキバキと何かを嚙みくだく音……おそらく食事中だろうね。


俺は音を立てないようにそっとその場から離れ、ゴリさんにオークをみつけたことを報告する。


「よし、はぐれが居たか……ウッド、狩ってこい。周りに他に敵が居ないかよーく気を付けてな、俺達は離れて見ている」


「はいっ」


ゴリさんに返事を返して再びオークがいた茂みへと向かう。

さきほどはこちらに背を向けていたオークであったが、丁度食事を終えてしまったようで立ち上がろうとした拍子に俺とばっちり目が合ってしまう。


オークはこちらを見たままゆっくりと立ち上がると、いつの間に手にしたのかこちらへ武器を向けじりじりと近付いてくる。


ゴブリンやコボルトと違い、こちらを見つけると同時に飛び掛かってくるようなことはなかった。それどころかチラチラと俺が身につけた装備へと視線を向けてくる。

どうもどんな性能なのか、隙はないか観察しているようである。


ゴブリンやコボルトと共通しているところはその瞳が隠しきれない俺への殺意に満ちていることだろうか。分かったところで正直、嬉しくはない。



んー……。

いきなり飛び掛かってこないので驚くことはないんだけど、あの目で見られながらこうもじっくり来られるとやりにくいね。

下手に殴り掛かれば躱されるか武器でいなされそうな気がしてならない……。


そうこうしている間にもジリジリと俺との距離は狭まり、そろそろ攻撃が届きそうだな、と思い……そしてふと違和感を覚えた。


「……でけぇ」


思わず声に出た。

オークが俺よりもでかいとは分かっていたけど、距離感を見誤るほどとは思ってなかった。

そろそろ攻撃が届きそうだなと思ったが、実際には武器を振るったとしても空振るような距離だったのである。


そんな俺の呟く姿を見て、隙が出来たと思ったのだろうか? オークが一気に距離を積めると俺へと殴り掛かってきた。


だが、事前の慎重な行動とは裏腹にその攻撃は単純なものであった。

ただ振りかぶり力任せに叩き潰す。

直線的で分かりやすい攻撃はいなしやすい。俺は左手に持つ盾でオークの一撃を弾くように受けながそうとした。


「っつぅ!」


っこいつ、無茶苦茶馬鹿力だ!

ガゴッと重い音が響き手首に走った痛みに俺の表情が歪む。

思ってた以上にオークの一撃が重く、盾を持つ手がはじき飛ばされたのだ。


「うおらぁっ!」


痛みにカッと闘争心に火がつく。

俺は叫びながら半ば反射的に右腕を振るっていた。



今度はオークが痛みにのたうち回る番である。


俺の怒り任せに振るった一撃は、咄嗟に防御しようとしたオークの腕を根元から引き千切り、オークの巨体を宙に浮かせていた。

俺の右半身はレベル30分の力が上乗せされている。

いくらオークが強かろうとそれはあくまで新人に取っては、だ……中堅どころが放つ一撃と同等の威力を受けきれる訳が無い。


数m吹き飛んだオークはそのまま起き上がることなく地面をのたうち回る。

武器を持ったままなので慎重に近づき、まず武器を持った腕を潰し、ついで足も潰して身動き出来なくしておく。

そして最後に頭に金棒を振り下ろし……オークとの戦いは終わった。



オークが動かなくなっても武器を降ろしたりはしない。

周りにまだ他にオークが居る可能性だってあるのだから。


「…………はぁっ」


30秒ほど待って何も起こらないことを確認し、そこでようやく息を吐いて武器を降ろす。


するとオークを倒したのを見て、ゴリさんが俺の元へとやってくる。

……よかった、笑顔だ。

最初の一撃をいなすのにちょっと失敗してたから怒られるかなーと思ったけど、及第点ではあったらしい。


「よしよし、良くやった」


がしがしと頭を撫でられる。

もっと褒めていいのよ?


「これでお前も銅から青銅にランクアップだな」


「……あ、そうなんですか?」


一瞬何のことか分からなかったよ。

ギルドのランクのことだったね……えっと、確か俺は登録したばかりだから銅の1ランクで……あれ?


「おうよ。 更新してないから気付いてなかったろうが、ゴブリンを狩った時点で銅の2、コボルト狩った時点で銅の3になってたんだよ」


「おー……知らなかったです」


なるほど、そう言うことかー。

更新してないから気付いてなかったー……というかリタさんから何も聞かされてないのだけど。

あれか、数日ごとに更新とか面倒だから黙ってた系か。


「ま、ちょいと早いがおめでとうと言っておくぜ。 そいじゃあと何匹か狩って今日は終わりとするか」


おろ? あと数匹となると昼には切り上げることになるけど……。


「俺達も明日から仕事で街をでなにゃならん……ま、酒でも付きあえや」


おおう。

返事は勿論はいです。


真っ昼間からだけどとことん付き合いますぞ。

朝までオールしちゃうぞ。うへへ。



ゴリさんとも今日でお別れである。

最後の飲みはとことん飲むぞーと気合い入れて街へ戻った訳だけど、ギルドのそばに何やら人集りがあることに気が付いた。


「あれ、何か人集りありますね」


「あん? ……子供が多いな。てことは最下層から戻ってきたのか……」


ゴリさんが何やら呟いてたけど、俺は人集りに興味をひかれて覗きに行ってたので聞こえてなかったりする。


それでもって人集りなんだけど……中心にいたのはなんと。


「おぉ……にゃんこだ!」


夢にまでみたにゃんこであった。


ゴブリンやコボルト狩りまくって病んだ心を癒したい……そう思って街をふらついたこともあったけど結局一度も見かけることのなかったにゃんこである。

この世界だとにゃんこは貴重な存在なのかも知れない、この人集りもにゃんこ目当てで集まっているのだろう。


ちっちゃいお子様がにゃんこを撫でたりしているけど逃げ出す様子はない。これなら俺が撫でても……お子様に紛れて撫でるのはちょっとばかし浮きそうだけど……いや、それでも構うものか、俺はにゃんこをもふりたいのだ。


屈んでまわりのお子様に紛れ込むようにしてにゃんこへと近づき……そっと手を頭に伸ばす。

一瞬ギロって感じで見られたけど、すぐに目を細めてそのまま動かない……どうやら嫌がっているわけじゃないようだ。そうとなればやることは決まっている。


「おーよしよしよし」


なでくりまわすんだよぉ。


「ウ、ウッドお前……なにを……」


「あ、ゴリさん。 にゃんこですよにゃんこ。人慣れしてますねこの子」


「にゃ……なに? い、いやそれよりもお前……」


ゴリさんの声が聞こえたのでちらっと振り返ると、どん引きした様子で俺を見ているゴリさんの姿があった。

……やっぱお子様に混じってというのはさすがにあれだったか。


でも今更である、俺はまだまだにゃんこをもふりたいのだ。

って、あれ。ゴリさんが何やら手招きをしてらっしゃる……あ、そっか。


「あ……そっか、今日は飲むんでしたね。 それじゃ名残惜しいけど……またね」


いかんいかん我を忘れてしまっていた。

今日はこれからゴリさんとお酒を飲むのであった。にゃんこはまたもふることは出来る、でもゴリさんとは今日を逃してしまうと次は何時になるか分からないのだ……。



にゃんこにお別れをつげ俺はそっとその場をあとにする。

……次は何か食べ物もってこよう。紐とかも持ってきて遊びまくるんだ。


と、その場を離れた俺に対して背後から声を投げかけるものがいた。


「……さんざん撫で回しておいてタダで済まそうとはふてー野郎ニャ」


その言葉に一瞬ドキリとする。

け、決してタダで済まそうなんて思ってないデスヨ!?


「いやいやいやっ、次来るときはちゃんとご飯持ってこようと――」


次はご飯持ってこようと……と言ったところで、ふと疑問が浮かぶ。

俺は一体誰と話しているのかと。


「ほー、それは良い心掛けニャ」


周りを見てもいるのは不思議そうな顔でこっちを見ているお子様ばかり。

俺に話しかけている人など見渡す限り居なかったのだ。


「――え? な、なんでにゃんこが……?」


なぜなら話しかけてきたのはつい先ほどまで頭を撫でていた、にゃんこだったから。

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