告白への道のり
「ここは……、富士の樹海か」
唐木田虎次(からきだとらつぐ)は地べたに大の字になりながら、紅葉に色付いた木々の枝葉を見上げてそう呟いた。
「いや、ここは大学の裏庭だ」
その答えに唐木田がそんな馬鹿な、と云わんばかりに体を勢いよく起こした。ここは富士の樹海から数百キロも離れている大学のサークル棟の裏にある森の中であった。
「お前は……、涼香か」
「……そうだ。さっきから一緒にいたがな」
唐木田はまるで生まれたばかりのヒナが親を見るような目で涼香を見ていた。こんなデカいヒナを産んだつもりはないな、と涼香は思ったが口にはしなかった。
「唐木田、カメラ壊したことなんてさっさと謝ってさぁ、サークル戻ろうよ。このままじゃ企画が進まないじゃん」
それは昨日のことだった。唐木田はとある映画に影響を受けて、ワンカット映画を作ろうとしていた。唐木田は貯めに貯めたバイト代で演者とスタッフを集め、機材などは映画サークルで所持しているものをレンタルしていた。そして彼は監督であり、カメラマンでもあった。まぁ結論から言うならば、彼はワンカット撮影時にまるでコントのように足を滑らせ、一つ数十万もするカメラのレンズを割ってしまったのであった。
「もう機材借りれなくてもさぁ、今の時代スマホでも映画撮れるんだよ、知ってた?」
「……んー」
少しむくれたように唐木田が小さく言う。
当然、撮影はそこでストップしてしまい、撮影再開は後日連絡としている。しかしそうしていられるのもあと数日のみだ。音響については既に来週から別の仕事が入っているし、演者についてもいつ次の予定が入るかわからない状態であった。
「やっぱり、あそこのセリフ変えたほうがいいかなぁって思ってさ」
「……は?」
どうやら、唐木田が思い悩んでいるのはカメラを壊したことに対しての自責ではなく、進めている企画のセリフのようであった。
「涼香」
「なに?」
「なんかこう、枠の収まらない告白ってどんなのがあるだろうな」
「……どんな質問だよ」
「いや、普通に好きだっていうのはありきたりだし、いきなりキスさせても面白みに欠けるし、いっそのこと男を裸体にして登場させてみるとか……」
「はぁ……」
今回撮ろうとしているのは、一人の男の子が思い立って彼女に告白するまでの物語である。その男の子は教室から廊下、廊下から玄関へと向かう最中にいろいろな困難(校長と教頭の戦いに巻き込まれそうになったり、ツーブロックがバッチリ似合う入れ墨入りの先輩にぶつかってしまったり)をかわしていき、それをワンカットで撮るというコメディー要素の強いものだった。そしてオチとして男の子は好きな女の子に告白するというものだ。
「道のりが異常すぎるから最後だけは普通に行こうかって言ったの唐木田でしょ」
「いや、そうなんだが、昨日撮影を始めてみて最後だけ普通だとなんか浮くなぁって思ってさ」
「……いや、でも」
「好きだ、涼香」
一瞬だけ時が止まり、しばらくは風で紅葉した枝葉がざわめく音が唐木田と涼香を包んだ。
「はぁぁぁぁぁ!?」
「大好きだ、涼香」
涼香は胸の中から何かが込み上げてくるものがあったが、それはひとまず吐き気ということにした。
「待て、落ち着け、唐木田。いきなり変なこというな」
涼香は冷静を保ったようにそういうが、胸の中はドキドキした状態で、かすかに手も震えているのが自分でもわかった。
「……ずいぶん顔を赤くしていうんだな」
急に冷静な突っ込みをする唐木田に少し苛立ちのようなものを感じながら弁明するしかないと口を開いた。
「わ、私なんか、男っぽい性格で……、そのあんましそういうこと言われ慣れてないから……」
「涼香……」
唐木田は涼香に顔を近づける。お互いに自分ではない他者のにおいがするも、その瞬間に涼香は半分無意識ながらにきゃーと叫びながら唐木田の頬をはたいた。
「やめろっつってんの! てか何言わせるんじゃ、ぼけ!」
頬を叩かれた勢いのまま、唐木田はへの字のように腰を浮かせた状態で地面へと突っ伏した。
「あ……、えと、ごめん。つい……」
「……なるほど」
再び唐木田は体を起こした。
「振られるパターンもあるってわけだな」
「べ、別に振ったつもりじゃ……、って映画の話か」
唐木田は膝をついたまま、パーカーに付いた枯れ葉をぱんぱんと払い落した。
「涼香、落ち着け。大丈夫だ」
そして唐木田は余裕ありげに微笑みながら涼香に言う。
「な……なにがよ……」
次はなにを言ってくるのだろうと涼香は構えた。
「映画はちゃんと完成させる」
「…………そ、そうだね」
肩透かしのような感覚を味わいながら涼香はひとつため息をついて、自分を落ち着かせた。
「カメラの件についてもとりあえず謝罪して、もう一度、別カメラで撮り直しだな」
「別カメラって?」
「何言ってんだ、さっき涼香が言ってただろう、スマホで、だよ。スマホでワンカット映画、良いじゃないか」
そういって唐木田は立ち上がって両手でガッツポーズをする。
「受賞の際にはこの映画をスマホで撮った、なんて謳われて、俺はみんなにこう言うんだよ。今の時代は誰でも映画監督になれる時代だ、さぁみんなで映画を撮ろうってね」
まるでそこが舞台かのように唐木田は両手を広げながら語る。目はきらきらと輝き、その目線ももはや二階席のほうに向いているようであった。
「まだ受賞もしてないし、そもそも応募もしてないのに……。ほんと想像力だけは豊かだねぇ」
「それ、映画に大事だからな」
そしてよし、と気合を入れたように、唐木田は歩き出す。
「涼香、やってやろうぜ」
その笑顔に涼香は何度か頷いて、「そうだね」と言って唐木田の後に続いて、木々のその先にある光のほうへと歩いて行った。
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