『桜間彩乃は死ぬのか?』(後)

 それから俺は、二日にいっぺんほど桜間への死の確認をした。決して大きな労があるわけではない。席が隣だから、少々ボソッと訊くだけで済む。仮に周りの連中に聞き耳を立てられていたとしても、ただの意味もない遊び程度にしか見られないだろう。そういう存在で俺があるということは、このような場面で役に立つのだ。


 ただ、この会話は俺だけで成立するものではない。何を今さら、会話というのは相手がいるからこそ成り立つものだとは自明の理だろうが。そんな感じに誰かから説教されそうだが、会話術においては他よりも欠乏してる俺の考えだから無視するなりしてもらいたい。


 桜間は、俺の宣言続行に「勝手にしろ」といった。嫌そうというよりは、どうでもいいという感じだった。さすがに拒絶でもされたら計画を頓挫させる以外にないが、選択権がこちらにあるとなれば「やる」の一択。


 俺は、彼女に死の有無を訊き続けた。


 最初、桜間は受け流す、ため息、最悪は無視。ここ最近になってから、ようやく


「はいはい。死にませんよ」


 などの返事をもらえるようになった。桜間の心境の変化だろうか、つまらない俺の掛け声にどうせやられるなら自分から脚色してやろうという意気を感じる。それはこちらとしても、嬉しきことだ。正直、無視されたままグダグダやるよりはよっぽどやりがいを覚える。


 こうして俺たちは、「死」という一つの単語で意思疎通を交わすようになった。



       ※        ※       ※



「あんたって好きな子とかいたの?」


 天使から死の宣告をされて二週間。今度は桜間から、突拍子もない質問が飛んできた。


 時は夕刻。校門の近くに設置されたベンチに共々腰を下ろしていた。風が冷たく頬に当たり、唇が冷えていくのが分かる。


 さて、それは俺に何を答えさせようとしているのだろう。


「俺の過去を漁っても、古代の財宝が出てくるわけじゃないぞ」


「あんたの死ぬ死ぬごっこに付き合ってあげてるんだから。こっちの質問にも答えてよね」


 そう交換条件をもたらされてしまうと、反論が難しくなる。男は論理性に弱い生き物なのだ。


 桜間の意図は俺には分からない。解こうとしても、うまく回せない鍵みたいに、つっかかって、跳ね返されて、もういいやと寝転んでしまう。他者との間に一定の壁があるのは、彼女の特徴でありマイナスポイントなのだろう。俺は目を細めるのをやめ、瞳を明後日の方向に動かした。


「……つまらない話だぞ」


「つまるつまらないは求めてないから」


「そうか」唇を舐め、俺は話し出す。「あれを恋愛感情といえるのかは知らないけど、昔、窓際に座っていた女子に興味を持ったことはある。なぜか、その子はいつもボケーッと窓を向いていたんだ。授業中も、教師の話そっちのけでね。

 何を見ているんだろう。何を考えているのだろう。俺はその子の興味を惹くものに興味を持ったんだ。

 それでまあ、話しかけたんた。訊いたら、その子はこう答えてきたよ。

『ヘリの編隊が好きなのだ』と。

 うちの中学は自衛隊が近くてね。よく空の上をバリバリとヘリが飛んでいたものなんだ」


「それで?」


「どうにも」肩をすくめた。「中学卒業して、それっきり」


「そう」


 息を吐くように、彼女は肯定の意を示した。


 何か、嫌な予感がした。それをかき切るように、桜間が話し出す。


「私、今度引っ越すんだ」


 寒気がぶわっと降りてきたような感じがした。サラサラと歯の散る音だけが耳をくすぐる。ポケットに突っ込んだ手は、乾ききっていた。


「そうなのか」


「驚かないね」


「別に」


 桜間は、笑った。気持ちの悪い、でも俺には理解不能な、掴みどころのない微笑みだった。


「さっぱりとしてるね」そして、唇をすぼめた。「ちょっと、残念かな」


「残念?」


「いや、いいの」


 そして桜間はすくっと立ち上がった。「帰るか」


 俺も、と静かに立ち上がった。彼女の背中に付きながら、校門へと歩を進める。


「じゃ」


 帰路は左右に別だ。


「ああ」


 返事に白い息が混ざった。桜間は目をさっとそらし、そのまま背を向けた。


 さて。俺も帰るとするか。


 途端――するどい爆音が耳を激しく揺さぶった。


 暴走したトラックに、俺は体を避けきれなかった。


       ※           ※           ※


 意識が遠のく寸前に、あの天使が舞い降りてきた。


「いっただろ、邪心を捨てろと」


「邪心?」


「そうだ。結局、お前は自分のことしか見てないんだ。他人に興味のあるふりをして、勝手にポイと捨てる。とんでもねえ悪党だ」


「まさか――いや、そんなはず」


「後悔しても遅いぜ」


 天使はニッと笑った。「すぐにでも、俺と会おうな」


 目の前に、赤い液体が飛ぶのが見えた。


 同時に、彼女の悲鳴が聞こえたような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る