『街中くしゃみ合いの手法律』
20xx年、御年九十五歳にして今だ現役首相、安武心臓が新たな法律を国会で承認させた。その名も、『
内容は以下の通り。
『街中くしゃみ(呼吸器刺激による反射反応)合いの手法律』
――街中(一般道路、交通機関その他不特定多数の国民が存在する場)において、ある国民が反射反応をした場合、半径十メートル以内にいる他の国民は応答をしなければならない。 尚、居合わせた国民は三人以上を原則とし、それ未満には適合しない。
なるほど、よく通勤電車で静寂の中、一人「へいkkkkkkkっしょん!!!!!」
と雄たけびを上げる者がいるが、誰も反応を示さずにただ「うるせえよ黙れ」と心に愚痴を抑え込むだけである。これでは、当事者も悪いことをした気になってしまいせっかくの快感がストレスになってしまう。両者気まずいこの状況、得がないことは明白だろう。
そんな時に、「へいそらもういっちょ!!」と温かい一声を掛けてあげるだけでどれだけの人が救われるだろうか。
安武は以下のように話す。
「近年の若者は、人間関係の希薄化が、大きな問題となっております。いつも周りの目を気にし、自分をさらけ出せない人が多くなっているのが、残念ながら、今の日本です。その中で、堂々街中くしゃみをかます、非常識無頓着野郎に賞賛を授けるべきだと、私は考えます。その勇気、『くしゃみした俺をみんな見てくれてるぜ! ほれ、あのOLの冷たい目線、たまんねえぜ~』という承認欲求の発散に、周囲の人々が、一丸となって、協力体制を築き上げるべきなのではないでしょうか」
また、コミュニケーション能力を欠いている者が人前でのくしゃみをすることは、大恥を搔く貴重な経験になり、あがり症を防いでいく意図も含まれている、と首相はつづけた。
では、応答する人々の掛け声は何があるだろうか。地域別に見ていこう。
北海道 ……もう一回しょや!
青森県 ……くだっきゃ!
岩手県 ……みだくなす!
宮城県 ……けっぱる!
関東地方……へい、もういっちょ!
北陸地方……いちだけ?
畿内 ……どないそんだけ?
中国地方……だらずおんちゃ!
四国 ……ぽんけ!
福岡県 ……ふってがってーばい!
鹿児島県……よかぶっせえ!
沖縄 ……ヒーサンビーヤ!
もちろん、関東地方特に東京でポピュラーな「へい、もうっちょ!」「そら、もう一回!」「そら、まだだ!」「ほら、いいよ!」などの形式が全国的に見て最も広まっている。
今日も、横断歩道でおっちゃんが
「へい、ぐっしょtttttっい!」
となれば、周りの人がそちらに向けて、
「「「へい、もう一回!」」」
電車で若い男が
「ひっkkkkしょい!」
ともすれば、一斉にスマホから顔を上げ
「「「そら、いい調子!」」」
と煽っていく。
連続するくしゃみは、見栄えが良くなる。はやし立てるのは、このためだ。平均三回は目指しましょうと今は学校で教えられているのだが、多ければ多いほどその人の価値も上がる。現在の最高記録は、都内在住男性が獲得した十八回連続という数字。見事総理大臣賞が授与された。なお、彼は記録達成一時間後にこの世を去ったらしい。南無阿弥陀仏。
昔は男だけのイメージであった街中くしゃみであるが、今は女もためらわずに飛沫をはじき飛ばす。老若男女関係ない。ランドセルを背負った幼女でもごみ袋を抱えたホームレスでもビルの屋上でこれから飛び降りようとしている自殺希望者でも、くしゃみがあれば掛け声をお互いに交わしていく。それがコミュニケーションというもの。ゴリラがドラミングをして、気持ちを通じ合わせるように、我々は「言葉」という伝達方法を使って、
「今のくしゃみは、勢いがあって最高だった」
「助走(くしゃみ寸前に、は、は、は……となるアレ)にもうちょっと力をかけたほうがよかった」
などと的確なアドバイスを交わすことができる。わざわざ具体的なワードを使う必要はない。掛け声のイントネーションの明るさ暗さノリのよさで良し悪しは十分に伝わる。発生者も、その反応を確認し、反省。次こそは美しいくしゃみをしようと意気込むのだ。
さて、ここ最近に発生した新たな問題について話そう。
法律施行当初は――今では信じられないことだが――なんとマスクをしてくしゃみをしようという国民がいたことだ。確かに、鼻炎や風邪への対策として付けるには幾分政府も承認している。しかし、マスクを外してくしゃみをする常識が、まだ伝わりきってない国民も中にはいたのだ。
これでは音が篭ってしまい、多数の人々にくしゃみ発生を伝達できない原因となる。なにより、マスクの内側が唾で汚れてしまうではいか。くしゃみは前の人に唾を飛ばすことにより、初めて成り立つ行為だ。人の洋服だかカバンだかが汚れようが関係ない。行政は『くしゃみ発射時はマスクを外さなければならない』という追加案を出し、この件は決着した。
今、巷で話題になっているのは、いわゆる「くしゃみ合戦」である。
一部の暴徒化した若者が、ティッシュを鼻に突っ込み、刺激を誘発させて意図的にくしゃみを吐き出しているのだ。それを複数人で行い、誰が先にくしゃみをしたか、また誰が一番掛け声に評価が高かったかを競う。警察庁の統計によれば、ティッシュにおける不正件数が前年度の二倍にまで及んでいる。当然の犯罪行為をここまで増加させたのは、政府の管理不足というほかにならない。
いち早く対策案を練ることを、私は要求する。
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