写実的構造のインフルエンサーは歪曲に




 彼の名は『ジャスティス・ヘルプマン』。もちろん本名ではない。ネット上におけるハンドルネームである。彼はTwitter上である種の有名人となっているのだ。


 例えば、とある芸能人同士のゴシップニュースに、

「結婚をこじつけに仕事やめるとかセコいよね」。

 またあるサッカー選手に対し、

「プレーに関係ないツイートするのやめろ。サッカーだけやってればいい」。

 と、このように、政治から芸能、スポーツ、アニメ、音楽などあらゆる方面に遠慮のない言葉遣いで日々ツイートをしているのだ。


 これに反感や嫌悪感を覚える者もいる一方で、ストレートな怒りの表現に共感する者も多く、「あたしの言えないことを言ってくれた!」と称賛されるなど一定のファンは存在する。その度に肯定派と否定派で争いも発生し、火付け役である彼はネット上での申し子として広く知れ渡っていた。

  

 普段の彼はごく普通の大学生。真面目に授業を受け、ゼミに通い、バイトで働く。よもや、ここでお釣りを渡している俺が『ジャスティス・ヘルプマン』とは思うまい、と内心にやける。そうだ。俺は毒舌な評論家。世間をぶった切る極道の剣士なのだよ。


 そんなある日、彼がとあるコメンテーターを名指しで批判したところ、いつものようにプチ炎上となっている傍ら、気になるダイレクトメールが届いていた。なんと、テレビ局のプロデューサーだという。なんでも、彼のツイートに怒り心頭したコメンテーターは生放送番組での「直接対決」を申し込んできたというのだ。


 バカバカしい。これだからメディアは、と無視しようとしたものの、相手方のTwitterで「出演を依頼しました」と呟かれ、ネットでの盛り上がりが加速した。


「ついにリアルバトルだ―!」「頼むぞジャスティス」「逃げるなよ!」――ううむ、姑息な手段だな。これでは、俺が断りづらい空気になっている。それを見越して、相手側はツイートをしたのであった。


 ネットでは彼への応援ツイートが大きくバズっていて、日本のトレンド入りも果たした。こうなっては引き下がりにくい。しょうがない、と彼は番組出演へ了承した。


    ※     ※     ※



「――えー、続きましてジャスティスさん。安藤総理が国会に提出した消費税15%案について、意見を願いたいです」


「……え、え、と、わが国は借金大国だし、しゃ、社会保障のお金も必要なので、良い政策だと思います、はい」


「しかし、三週間前のツイートでジャスティスさんは、『税金上げても、どうせその分は政治家の給料アップになるんだろ』のように発言しておりますが……」


「……そっ、それは、思い付きで言ってしまって……その、あーと、あまり調べないで発言してしまって、まあ、そんな感じかなぁー、て思っただけのツイートなんで、その」


「そうですか。では次の話題に。最近、あるプロ野球選手の意見に強く抗議なさっていましたよね。すごく過激なものなのですが、『下手くそがアニメを観て感想を言う時間があるなら練習しろ』とのことですが」


「……あっ、それは、決して意図したものじゃなくて、ええと、もちろん人並み以上の練習はしてると思いますけど、なんか、やけにアニメ関連のツイートが多いなぁー、もしかして、本当にもしかして、サボってんじゃないかなー、って勝手な想像しちゃったんですよね。ああっ、その選手のことは好きですよ。ええ。ずっと、応援してますし、はい」


     ※    ※    ※


 放送終了後、彼に対する怒りと失望のツイートが殺到した。当然だ。今まで強気強気な発言をしていた姿とはうって変わって、おとなしめのコメントしか残しておらず、テレビの前にいた賛成派は「がっかりしました」といい、元々の反対派は「やっぱりリアルはチキンだったんだな」と鼻を高くする。

 彼の評判はだだ下がりし、テレビ出演時の写真は加工され面白画像と移り変わりし、彼の地味な服装、しゃべり方を小馬鹿にしたような物まね、イラストが広まった。

 

「あーあ、俺が期待した『ジャスティス・ヘルプマン』はこれで終わりかよ」


 ツイート主は、彼を否定する一派のリーダー的存在である。「人生終了ってか」

 

 その言葉に、彼の怒りは爆発した。激高したままの勢いで、彼は名指しでツイートをする。


「じゃあ、お前テレビ出てみろよ! そんなの言うんだったらよ!」


    ※    ※    ※


 次の週。


「いやあ、そうですね……決して、決して全否定するわけじゃないですけど、まあ、なんとなく、違うかなぁーって思ってたんですよ……」


「ああ、はい……ジャスティスさんの意見も一理あると僕は考えていたんで、はい」


「そ、それはありがたいなぁ! ええ」


「こ、こっちこそ、とても光栄ですよ! はい!」


「……」


「……」


「――え、えーと、では次の議題に移らさせていただきます――」


 これにはスタジオのみならず、対決を待ちわびていた全国の人々が深々とため息をついたのだった。












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