<頑張る米村>

 気合を入れた。

 私は米村やみこっちたちと買い物に出ることになったのだ。ソファーから窓の外を見ると雨脚は弱まっていない。なぜなら明日まで雨だから。情報番組のお天気コーナーで見たのだ。

 パスタちゃん――とみこっちは元気いっぱいといった感じで、私が「予備の傘があるよ」と伝えると玄関の方まで見に行ってしまった。家に〈予備〉としている傘があるのは、会社に行くときに雨が降っていなかったのに、帰りにいきなり降られた日に買ったからで、それは何本かある。折りたたみ傘は持ち歩くと雨が降るような気がしてしまうから持ち歩かない。なんの役にも立たないジンクスではあるが、毎日を心晴れやかに過ごすためには必要なのである。

 机上のうどんさんは両手の拳を胸の前で構え、窓の外をじっと見ていた。小さな横顔からは意気込みのようなものを感じる。米村やパスタちゃんと比べると表情に変化が少なく、考えていることがわかりづらい。

 しかし、うどんさんに限らず妖精は表情が豊かであっても、考えていることがなんでもわかるわけではない。わかったように思えてもそれは勘違いかもしれない。

 米村を見る。


 米村は――なぜか私の左手首のあたりにぶら下がっている。私は先ほどから左腕を自分の目の高さまで上げていた。同じ高さに米村の横顔がある。妖精だからか、それとも米村だからかはわからないがとても軽い。米村はぎゅっと目と口を閉じて落ちないように頑張っていることがわかる――これは勘違いではないはず。

 米村が腕にぶら下がる前、私は勘違いをしていたことがあった。

 てっきり〈雨の中買い物に行きたくない〉と、私が考えていることが米村に伝わり、米村が気を遣って「買い物に行きたい」と言い出せないものかと思っていたが、私の口元にご飯粒がついているのを見つけ、それを言おうかどうかで迷っていたらしい。〈気を遣っていた〉という部分までは同じだった。

 そのあと米村が「つかまってもいいですか?」と言い、この状態だ。


「米村、どうしたの? てるてる坊主の練習?」

 米村が色白なことに加え、白いワンピースが揺れてそれらしく見える。

「いえ……ちょっと腕の筋肉をつけようと思って。ちょうどよいところに、つかまりやすそうな、腕があったので」

「私が妖精たちに人気の筋トレスポットになる日も近いか。……ということは、いつもみたいに〈浮く力〉は使ってないの?」

「ちょっとだけ。……こうやって、ギリギリ落ちるか落ちないかのところで浮かないようにしているのです」

「自分に厳しい米村さん、さすがです」

「ありがとうござ……でももう腕が限界かもしれま――」

 言い終わらないうちに米村はゆっくりと落ちる。

 ふわり、と花びらよりもゆっくり落ちるので、下に手を差し出すのに十分な時間があった。そのさらに下には膝があったのだけど、気づいたらそうしていた。

 米村は手のひらにふわりと座る。思ったより早く下に着いたからか、それとも私の膝ではない感触に気づいたからか、米村は両手で自分が座っているところを触って確認する。理解して私を見る。


「お疲れ。どう? 筋肉ついた?」

「まだ早いと思うのです。浮く力を使わずにつかまっているには、あとどのくらいの筋肉が必要なのでしょうか。……まあ、米村は諦めませんが。自分に厳しい大人の女性なので。もしかしたら米村には筋肉が必要ないのかもしれませんが、筋肉とはそういうことじゃないと、米村は思うのです」

「じゃああとワンセット、やる?」

 米村は凛々りりしい表情で「はい」と答え、それから必死な表情で腕にぶら下がった。

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