<あめころがし・米村アイ>③

 両手を上げて前かがみになる。

「ガー」、うどんさんは鳴きまねをした。


 ――チーターだ。


 米村とパスタは瞬時に理解した。クイズの出題時に映っていたチーターだ。目の前の獲物にとびかからんとする鋭い目つきがそれらしいからだろうか、そこはかとなく威厳まで感じる。

 しかし二人が理解したことはそれだけではない。


 ――うどんさんが照れている!


 表情に乏しいうどんさんではあるが、感情に乏しいのではない。感情がちょっとばかり方向音痴なのを、二人はよく知っている。万歳のように腕を上げたところまでは迷うことはなかったようだが。


 米村も「ガー」、と真似をする。

「米村も負けませんよ」

 パスタも二人を見ると真似をした。

「サバンナ最強はパスタだ!」


 方向音痴に道案内はせず、とりあえずついて歩いてみるのは妖精界で当たり前の光景である。〈気づいたら会いたい人までついてきていた〉というのは妖精界に古くからあるジョークで米村のお気に入りだ。

 机上で輪を描くように向かい合って座る三人は、少しのあいだ表情や腕を動かしてさっき見た猛獣をイメージした。

 パスタが「あ」、と思いつく。


「でもさ、チーターって足がすっごく速いんだよね。パスタが本気出しても勝てるかわからないなあ……。車みたいに速いって言ってたし」

 米村は人差し指を立てて説明する。

「チーターは速く走るために生まれたような体をしているので、そうでない妖精が勝つのは難しいと思うのです。米村も筋トレをしてはいるのですが、チーターに勝てるほどの成果はまだ出ていないようですし」

 米村は腕を曲げて力こぶを作ろうとする。

 パスタとうどんさんは米村の腕に注目したが、こぶは見当たらなかった。


 三人が力こぶを作ろうと必死になっているとき、突然パスタが「え!」と叫び、ソファーで会話している家主とみこっちの方まで跳ねていく。

 何事かと思った米村が家主を見ると、これから猛獣がいるおりに入るのを待つような、どこか諦めたような表情をしていた。

 ――そのとき〈米村アイ〉が発動する。家主を見ることでなんとなく聞こえていた会話を思い出すと、買い物に行くかどうかの話をしていたことがわかった。


 パスタはみこっちの「出かけよう」という言葉に反応したのだ。当然だがパスタは一緒に行くことを決めた。うどんさんも机の端まで歩いて行くと、ソファーに座った二人に一緒に行くこと伝える。

 みこっちも当然一緒に行こうと言った。


 家主はどうするんだろう。

 そう思い、米村は家主を見た――正確には家主の口元を。

 ――ご飯粒がついているのです! きっとおにぎりを食べたときの。みこっちさんからは反対側の位置になるので気づいていないのでしょうか。人間界ではこういうのは言われると恥ずかしい、と聞いたことがあります。だから言う方も気を遣ってしまう、とも。……はっ、もしかするとこれは、米村を試しているのではないでしょうか!? だからみこっちさんに見えないようにわざとつけているのでは!?


 そう考えているうちに家主も一緒に出かけると言い、米村に手を差し出す。

 米村はハッとし、自分も行くと伝えると、家主の手に飛び乗る。そうすると口元のご飯粒が近くで見えるので、米村は確信する。

 ――きっと米村が言うのを信じてくれているのです!

 米村は胸の奥が〈ざーざー〉とした。


「ざーざーするかな」

 家主は米村の胸中を見抜いたかのように言うと、もう片方の手の人差し指を下からそっと差し出す。

「とっても!」

 米村はハイタッチする。


 それから――

「ご飯粒、ついているのです」

 米村は教えてあげた。

 家主は口元を触りご飯粒を見つけると、照れ笑いしながら食べた。

 米村にはそれが嬉しそうに見えた。

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