<旨味的なしっとり>

 みこっちたちが玄関から戻ってきた。

「傘、あったでしょ」と言うとみこっちは「うん」と答える。

 みこっちに両手で運ばれていたパスタちゃんは出かけることが嬉しいようで、表情はにこやか。垂らした足を揺らしている。

「ということで適当に準備始めようか。――そういえば品揃えはどうだった? ほとんどビニール傘だけど何種類かあるんだ」

「ビニール傘屋さんって感じだった。申し分のないほどに」

「開店できるほどではないけどね」

 時刻はまだ八時過ぎで、近くのスーパーは九時開店。ゆっくりと支度をすれば丁度いい時間になるだろう。

 みこっちはダイニングテーブルの方に行く。椅子に乗せたカバンに支度をするための道具が入っているのかもしれない。みこっちが支度をし始めた音に反応したのか、ソファー前のローテーブルに乗っていたうどんさんは端まで歩くと、ぴょんと飛び降りてみこっちの元へ向かった。

 うどんさんは米村やパスタちゃんみたいに、宙に浮くようなことをしない妖精なのかもしれない。


 支度は急ぐこともないので、ソファーに座ったままの私はテレビに視線をやったり、脚の間に挟まるように座った米村を見たりする。

 米村はさっき筋トレをして疲れてしまったせいか、後ろにもたれるように座ったままほとんど動かない。

 小さな頭も後ろにもたれるようにしているので真上からは顔が見える。目を閉じていて、もしかすると眠っているのかもしれない。


 声をかけて確認することでもなかったので、もう少しだけ様子を見ることにする。お米の妖精らしい白色の細くて長い髪が私の太ももにかかっていたので、なんとなしに人差し指ですくって流してみる。いつも通りさらさらとしていて、照明が反射して真珠のように光る。

 米村はそれに反応を示さなかったので、眠ってしまったのだろうと思う。

 ――きっとハードなトレーニングだったんだ。

 私の腕にぶら下がった時の米村の表情を思い出し、つい口元が緩む。

 米村のほっぺたを指でそっと撫でる。

 もっちりとしていて、いつもより少しだけしっとりしている。筋トレで少し汗をかいたのかもしれない。炊飯器の中でお米と一緒に炊かれても平気な米村も、筋トレでは汗をかくということだろうか。

 よく見ると前髪もおでこにしっとりとくっついている。

 じっと見ていたため自然と顔が近づいたところで、米村が目を覚ます。目が合ったが、私が見ていたことを気にする様子はない。

「ごめん、起こした」

「あ、いえ。ちょっと寝ていました」

 そう言うと、米村は自分の横にある私の人差し指を見つけ、両手で抱えるようにする。たぶん人間がクッションか、フランスパンか大根を抱えるような感じだ。やはり少ししっとりとしている。

「米村ちょっと汗かいてる?」

「そういえば、ちょっとそうかもしれません。汗じゃないですけど」

 米村はおでこを触って確認しながら上を向いて言う。

「何か旨味的なやつだったりする?」

「まあ、米村は全身おいしいですけど、その……舐めたりされるのは、ちょっと恥ずかしいのです」

 ほんのり頬を赤らめている。

 私が旨味を求めていると思われているらしい。

「ごめん」

 テーブルからティッシュをとり米村に渡した。

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