<ストライド・サムシング・ドレッシング>
とある平日午後九時頃――自宅
「あ、これ当たりのドレッシングだ。サラダがうまい」
「その『玉ねぎ1個入れてみました』ですか? ――ってそれなんですか!? なんで刻んだものじゃなくて四分の一にしたものが詰まってるんですか!?」
「いや知らんけど……後で食べる用じゃないかな?」
「もう、また見た目のインパクトだけで買ったんですね。見た目が派手だからいいってものではないんですよ? 白くて優しい甘さを思いだしてください」
「お米はおいしいさ。だから挑戦できるということだね」
ひときわ強く米を噛みしめる。
「ちょっ、いつもより強く噛むのやめてください、あっ、軽く噛むくらいでも、まだ全身がむずむず――あっ、するんです――っあ」
「ごめん、あらためて味わおうと思ってたら、つい」
米村は一緒に炊かれた米と、少しの間だけ軽い感覚の共有があるらしい。
最初の頃よりはだいぶ平気になってきたけど、慣れるのには時間がかかるようだ。
どうやら痛くはないらしく、くすぐったいのだ、と前に聞いた。
「……お米に負のエネルギーを吸収させます」
「ごめんごめん、どうなるか知らないけどごめん」
「もうっ。……優しく噛んでください」
怖くて聞いたことないけど、その『負のエネルギー』ってなんだろう。
人間が食べるとどうなるんだろう。
「まあ、米村から出るエネルギーなら、いいかな」
「ふふ、言いましたね。どうなっても知りませんよ?」
あれ、ホントにやる感じだぞ。
「あっと、そういえばね、昔、私が子供の頃に学校の調理実習でドレッシング作ったことがあったんだけど、そのとき驚いた記憶があるんだ。ドレッシングって油を使うんだよね。それまで油って焼くために使うものって思ってたからさ、焼かないで使えるんだ、って驚いた」
「振らないと油が分離しますよね」
「水と油ってやつかな」
「水といえば、人間は半分以上が水でできているんだって、この前テレビで見ました。妖精よりずっと大きな人間たちも半分以上が水なんだそうですよ?」
「……実感ないね」
「ふふん。ご飯みたいですね」
「炊かれたらふっくらしちゃう」
「炊飯器、一緒に入りますか? なんて。入りませんね」
「私だって人間では大きくないほうなんだけどね……さすがに厳しい。大きな炊飯器が開発されるまでは、ベッドで一緒に寝ることにしようか」
「もう、しょうがないですね」
私は人間だし炊かれる気はないけど……まあ、それまではベッドで一緒に寝られるんだからいいだろう。人間に生まれてしまったからには、人間界で暮らすしかないわけで、どうにもならないことだってそれなりにある。
しかし食べることと、寝ることは譲れない。
「親戚もそこまで大きい人はいないし、身長はだいたい遺伝的なものかもしれないな。……米村はどこか親に似てるとことかあるの?」
「米村はいつの間にか妖精界にいましたし、両親とかは、たぶんいません。昔、お米の妖精がいたようですが、特に情報もありませんでしたし、もう気にすることはやめました」
なんだか雰囲気を暗くしてしまったように思う。
いつも米村のお米を食べているせいか、このくらいのことはわかる。
「きっと甘い味がしたところは一緒だろうね」
「――ちょッ、また強く噛まないでください! っもう――ッあ!」
「あ、ごめん。あらためて味わおうと思ってたらつい」
「……お米に負のエネルギーを吸収させます! もう絶対です!」
米村が私の腕にまたがり、ポカポカと叩いてくる――痛くない。痛くないあたり、妖精の力とやらは使っていないのだろう。
優しい甘さが口いっぱいにひろがっていた。
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