<米村は花火が見たいです>

 とある土曜日午後六時頃――とある駅前大通り


 八月の第一土曜日。今日は花火大会があります。

 ミコッチさんやパスタと一緒に花火を見るという約束があるので、私はその目的地まで、いつもの安全地帯ことトートバッグで揺られているのです。ここはお家みたいに安心で、気持ちがとっても落ち着きます……お家より落ち着くかもしれません。


 バッグが揺れると私も揺れて、好きな人がすぐそばにいる証拠だって、感じるんです。揺れることでしか感じられないもどかしさも、目的地で顔を出せば確実に変わるそのときのことを思えば、私は……ぐぅ――はっ、寝ていません。私は……


 ――Now Loading――


 ――はい、そろそろ外が賑やかになってきました。いえ寝ていません。寝たふりです、ちょっとした遊び心なのです。では様子を見るために少しだけ顔を出してみましょう。

 ……すごいです。たくさんの人がいます。もう夕方ではありますが、少し明るいのは屋台が多いからでしょうか。


 そして見上げると――前を向いて歩いています。なんだが嬉しそうです。これから何か楽しいことがあるという気持ちが空気に溶けて、賑わいと共にじんわりと心に伝わってくるようです。この嬉しい表情を見ていると、零れ落ちた嬉しさが私のところにもやってきて、それから、私もこの嬉しさを伝えられたなら、幸せの爆弾ゲームができます。

 ……でも、この爆弾は私がもらってしまいましょう。


「もうすぐ着くよ」

「気づいていましたか」

「重心でわかる」

「よくわかりません」

「――? そうそう、これから着く場所はね、地元の人なら知ってるような穴場なんだよ。ミコッチの地元だから詳しいんだ」

「『親戚とかと見なくていいの?』って聞いたんだけど、『ほかでやってる酒盛り軍団には厳しい坂道があるからいいの』って言うんだ。私と一緒に見るのでもいいのかって意味なのに、面白いったらもう」

「たしかに急な坂道です。転んだら最後、下まで転がってしまいます」

「帰りも気を付けないとね……おっと、そろそろ着くよ」


「おっスー! よく来たね! よねちゃんもいる? あ、いた! おいでおいでおいでおいでおいで!」

「!? これは――」


「『完全に出来上がってる』」


「まあいいや。すごいね、ここホントに人が少ないや。レジャーシートとか敷いてくれてありがとう」

「そうっしょ! ここすごいの! 坂の上ですごーく見えるから! あ、そうそう、そこ、クーラーボックスにビールめっちゃ入ってるから飲んでね! 絶対だよ!?」

「結局飲むのかよ。まあ、はいよ、ありがたくいただきますよ――」

「おっスー! 師匠、米っち! ここで一緒に花火見るの初めてだよね! 私も初めてなの! 一緒! 一緒だね! た・の・し・い・な!」

「パスタも!? これは――」


「『完全に出来上がってる』」

 あ、元々でしょうか。


「まあいいや。もうそろそろ打ち上げ開始時刻だよね」

「そうそう、もうちょい。もうちょいだからこのじゃがバター食べな」

「なんだその天才的段取りは。よし、じゃあいただくきますよと――あ、これめっちゃおいしい! そしてこの喉越し爽快なビールに合う!」

「そうっしょ!」


 ――Now Loading――


「よし! じゃあ同じのを出したら勝ちなじゃんけんだ! 勝つなら二人一緒に、そして死なばもろともだ! いくぞ!」

「『じゃん、けん、ぽん!!』」

「『ぁあああああ!!』」


 ……よくわかりませんが楽しそうです。好きな人が楽しそうだと私も嬉しいです。いつもの真面目でちょっぴりドジっ子なところも可愛いですが、ちょっと自由で、それから意味のわからない遊びに一生懸命な今も可愛いです――


 ――パン。……パン?

 あ。花火、打ちあがりました。

 打ちあがっちゃいました。


「あ、花火、あがったね」

「うん」

「すごいなあ……初めて見たよ」

「きれいです」


 遠くに見えるような花火。空気が揺れるような大きな音のせいでしょうか、背景が夜空だけなので遠近感がなくなるせいでしょうか、とっても近くで弾けて光るように感じるのです。


「米村、こっちこっち」

「――?」

「肩、座って。見やすいから」

「はい」


 お言葉に甘えます。そっと差し出された手のひらにそのまま乗ると、ゆっくり肩へと上がっていきます。


 すると、とっても見やすくなったのです――横顔が。


 花火を見つめる目がピカっと光って、暗くなって、また光ります。それから落ちないように、首に手をついていると、どくん、どくん、と脈打つ振動を感じるのです。

 なんだかむずむずして、花火の光や振動が、愛おしくてたまりません。


「どうしたの。首にぴったりくっついて」

「――落ちないように、しているんです」

「うん」


 こうやって話すと振動して、すぐそばにいる証拠だって感じるんです。でも、もどかしさはなくて、目の前にちゃんといて、ちゃんと体温が感じられる……花火がどんどんと鳴っているので、多少のことはごまかされるはずなのです。

 だから、またどんと鳴る瞬間に――


「――すきです」


 どうでしょう。ちょっとした遊び心です。

 意味のわからない遊びです――


「うん」


 ……あ、失敗してしまったのでしょうか。

 小さく言ったはずなのですが――


「うん――さっきの花火は大きかったね」

「……はい」


 大丈夫だったようです。ちょっと危険な遊びでした。花火を見ましょう。



 ――――


「いやあ、花火、全部打ち上げ終わったねえ」

「うん。しかしこの場所から見たせいか、すごい迫力だったね」

「すごかった……すごかったんだよ……」

「迫力のあまり語彙力を喪失してます」

「ちょっとわかる。なんだかまだ、じんじんしてる気がする」

「そだね――それでさ、帰りなんだけどさ、まだ坂、無理っぽい……」

「――ミコッチも? ちょっと酔いが残ってるみたいなんだよね。しばらく休んでから降りようか。その頃まで電車があるか知らないけど……」

「遅い時間にもちゃんとあるから安心したまえ。それに最悪、親戚のところに転がり込めばいいから」

「転がりたくはないかな」


 だんだんと人が減って静かになるこの場所、実はまだ花火が上がるのではないかと思ってしまい、ついお顔を見上げてしまうのでした。

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