<まんま、ねこまんま!>

 とある平日午後十時頃――自宅


『なんと! この猫さん、玉乗りができるんです!』

『ははは――』


 帰宅して一通りの家事や食事も済ませると、あとは何となしにテレビを見る。いつも通りの晩酌で、ほどほどに気持ちは穏やか。いま座っている、この横長のソファーは、寝転んでしまうのが最高に気持ち良い。しかし、そうすると寝落ちしてしまうことは経験上明らかなため、ほどほどの幸せにしておく。


 テレビを見始めてから少しすると、単行本をぶら下げるように持った米村がふわりと飛んできて、私のとなりに本を置く。ちょこんと着地し、白いワンピースを着た小さな体がころりと寝転んだかと思えば、本を開いてかぶさるように読み始める。米村は妖精の力を使えばなかなかの力持ちなので、厚さのある単行本であっても簡単に運ぶことができる。


『なんと! この猫さん、玉転がしもできるんです!』

『ははは――』


 テレビから笑い声が聞こえると、米村はちらりと目をやる。そしてまた本に視線を戻す。ページをぺらりとめくる。時折、白くて細い脚をぱたり。片脚、両脚。ぱたりと動かすので、なんだか指で触ってみたくなるが、きっと読書の邪魔になるのでやめておく。ちなみに、米村の体はもちもちとしていて、触ると気持ち良い。


『なんと! この猫さん、キャッチボールもできるんです!』

『ははは――』


 そんなことを考えながら米村を見ているうち、テレビから聞こえる音が遠くなっていくように感じる。上半身が私に、楽になる方法を重さで教えてくれる。

 ……たまにはいいかな。ソファーの背もたれに背中を擦るようにゆっくりと倒れ、私の胸の前で本を読んでいる米村を眺める。


「……よっと」

「眠ってしまいますよ?」

「そうかもしれない」

「めずらしいですね」

「そうでもないよ」

「……?」


 米村は小さく首をかしげると、再び視線を本へと戻し、白くて細い脚をぱたり。片脚、両脚。ページをぺらりとめくる。ほどほどの幸せが、たまに変わる。小さくて愛おしい音とともに。


 ――おやすみなさい。


 翌朝――


「……ふあ、朝か」


 カーテンを閉じていても、リビング全体が薄明るいため朝だとわかる。目覚まし時計がなくてもいつも通りの時間に目が覚めてしまうため、時計を見なくても大体の時刻はわかる。


 横になっている私の胸の前には、本の上にかぶさって寝ている米村。そのまま眠ってしまったらしい。しかしテレビや天井の照明が消えているため、米村が寝る前に消してくれたんだと思う。ソファー脇の小さなランプがついているのは、米村が寝落ちするまで本を読むためかもしれない。


 米村を見る。

 昨日、寝るまで見ていた米村のふくらはぎ。ふにふにと押してみる。

 もちもちとしていて気持ち良い。


「にゃーん……」

 ……どんな夢を見ているのか。

 寝言をいう米村は微笑んでいた。


 よし、朝ごはん食べよう。

 米村が炊飯器に入って寝るかどうかには関係なく、いつも通りの時間にご飯が炊きあがるようタイマーをセットしていた。

 米村を起こさないように……まあ起きないとは思うけど、ゆっくりとソファーから起き上がり、炊飯器の方へと歩いていく。


 今日の朝ごはん、どうしようか。……そういえば、なんだったかな、あのご飯に味噌汁をかけただけの簡単なもの。今朝はそれが食べたい。


 ――にゃーん。


 ああ、そうそう、ねこまんまっていうんだっけ。

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