<バンザイ・バンバンジー>

 とある土曜日(休日)午後一時頃――自宅


「『いただきます』」

「このお料理は、なんて名前なのですか?」

よねちゃん、これはね、バンバンジーと言うのだよ」

「バン、バン、ジー。変わったお名前ですね。今度作り方を教えてください」

「OK! 簡単だから誰でもできるよ! ――多分」


 ――ん? なんか二人して私を見ていないか?


 昨日、みこっちとパスタが私のところに泊まり、今日に至る。ミコッチが食べたいものがある、ということで昼食をつくってもらうことになり、それがこのバンバンジーなのである。パスタちゃんは今はゲームに夢中で食卓にはいない。米村はテーブルにちょこんと座り、バンバンジーという料理やその作り方に興味を持っている。


 では私もさっそく――


「うわ、おいしい。このバンバンジー、美味しい。鶏肉やわらかいし、タレがちょっと辛くておいしい。ご飯に合う。というかバンバンジーって初めて食べたけど、ミコッチはよく作るの?」

「いや初めてつくったよ」

「マジか」

「サッパリした肉料理食べたかったんだよね~」

「ああ、最近暑いもんね。炊かれたり茹でられても平気な妖精たちとは違って人間は暑さには勝てない……」

「200℃くらいは心地よいものです」


 米村はにこやかに顎を軽く上げている。

 なんだか誇らしそうだ。


「でもさ、暑い日に飲むキンキンに冷えたビール、おいしいよね……」

「『わかるー』」

「そうだ。お酒といえばこの前の健康診断の結果、内臓に疲労が出てるらしかったんだよね。まあお酒のせいかはわからないけど……」

「――それは仕事の疲れでは? ストレスとか」

「それ、内臓に出るものなのかな……?」

「うーん――」

「健康診断……ですか?」


 米村が首をかしげる。


「うん。健康診断っていうのは、体がどこか悪くなっていないか調べることなんだけど、私は今回ちょっと微妙だった……」

「そんな……いやです、できることなら――なんでも言ってください」

「いや早い早い」

「ちょっと疲れてたのが出ただけだから」

「そうでしたか。病気ではなかったようで安心しました」


 米村はほっとしたように小さな胸を撫でおろす。


「そういえば身長と体重も測ったけど、もう全然変わってなかった。今でも少しは伸びてるんじゃないかなって思ったりするけど、まったくだね」

「そうなの? 私は伸びてたけど」

「マジか」

「マジ。あ、米ちゃんって身長どのくらいあるの?」

「えっと、最後に測ったのはだいぶ前になるので、忘れてしまいました。ですが、きっと前よりも伸びているはずです」

「じゃあ、測ってみよっか」


 米村は右上を見ている。しかし身長を測ることについては乗り気なようなので、さっそく30cmまで測れる定規を持ってくる。目測ではこれで十分なはずだ。以前、米村の白いワンピースを注文する際に測ったのにも使っている。


「どうしたのー? ――なにその棒ッ!?」

「あ、パスタも身長測る? 体の長さ。今、米ちゃんの身長測るところなの」

「測る! 超測る!」

「……なんですか。もうゲームはいいんですか?」

よねっちが準備してくれたからエッグプラント・キュウリは倒せたんだけど、そこから進め方わかんない! 後で教えてね!」

「……はあ、しょうがないですね」


 パスタは最近発売されたロールプレイングゲーム〈ボン・ブレイク〉をプレイしている。パスタちゃんの様子を見るかぎり、ストーリーを進めるためのヒントやバトル上の戦略について考えることが苦手なようで、米村が準備やアドバイスをしているらしい。米村はどちらかと言えば読書をしているイメージが強いが、ゲームもそこそこできるようだ。


「ではでは、今から身長を測ります。まず米村さん」

「はい」


 片手を上げて返事をすると、ミコッチがテーブルに立てている定規の元へ歩いてゆく。定規に背中をくっつける。ミコッチが定規と平行になるように目線を合わせる。


「えーっと、どれどれ……はい、もう大丈夫です」

「米村さんの身長は……」


 ミコッチが言うまでの間を空ける。米村が固唾を呑む。


「ででん! 19.5センチです!」

「そんなはずありません! 20センチはあるはずです!」


 米村は餅のように頬を膨らませて怒る。

 ――どうやら過去の身長は覚えていたらしい。


「――もっかい測る?」

「……いえ、てっきり10の位は余裕で2になっていると思っていたので、取り乱してしまいました。大丈夫です」


 妖精である米村も大きくなりたいのだろうか。

 私も昔、日々の成長というものをなかなか感じられなかった年頃、身長という数値で表れる成長を嬉しく感じていた。事実として不変の数値から小さな喜びを感じることができた。

 しかし数値は次第に伸びなくなる。たとえ他の皆が伸びていようとも。事実として不変の数値から次第に喜びは感じられなくなる。

 でも悔しいことはない。目の前の米村とパスタ、ミコッチ、それから私。姿形が似ているようでまったく違うのだから、比較するものでもない。

 ナスもキュウリも、植物は種類によって、どこまで、どんな風に成長するかは違う。きっと大事なのは、種類に合わせて育つこと。私はどんな種類かは知らないが、この木洩れ日のような時間がなかなか好きな生き物らしい。


「米村、測るタイミングとか体調によって身長って変わるらしいよ」

「そうなのですか?」

「うん。だからまた今度、測ってみよう。――炊き立てとか?」

「はい」


 数値では測れない、止まることを知らないこれからがある。


「ではでは、次の方、パスタさん」

「はい!」


 パスタが片手を上げて返事をすると、定規の元へ歩いてゆく。定規に背中をくっつける。


「えーっと、ふむふむ……はい、大丈夫です」

「パスタさんの身長は……」


 ミコッチが言うまでの間を空ける。パスタは両手を胸の前に構え、みこっちの言葉が出る瞬間を心待ちにしている。


「ででん! 23.5センチです!」

「お! ちょっと伸びた!」

「……おめでとうございます」

「いぇい!」


 万歳ポーズで喜ぶパスタを、少しむっとした表情の米村が祝う。

 どこまで伸びるだろうか。そんな米村の姿を見つめる。

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