【小見出し(ひねりのない見出し)】
<米村の日課です>
とある平日午前七時頃――自宅
いつものメロディが鳴る。
「もう少し……もう少しでパスタより……」
いつも通り。心地よくて二度寝をしていると、炊飯器のフタが開く。
「おはよう、米村」
いつも通り。
湯気の向こうに、夢の続きのような笑顔が見えるのでした。
「おはようございます」
そうしていつも、うとうとしながら手に乗って、気がつけばキッチンにいます。
*
では、まずは水浴びです。体についたデンプンを洗い流します。
体がベタついていたら嫌われてしまうかもしれません。
レディーは身だしなみに気を付けるものです!
…まあ、米村は体にベタつくのは好きですけど。
そして次に、タオルで体を拭いてもらいます。なんだか転がされてばかりのような気もしますが、たまにタオル越しにやさしく指でポンポンされるのが好きです。
今日は、このいたずらな指をつかまえてしまいます。
「えいっ」
「ん? まだベタついてる……?」
「違います。私はスベスベです」
「?」
体を拭き終わったら、次はワンピースを着ます。
デンプンで衣服を作ることもできますが、買ってもらった白いワンピースがお気に入りです。不思議ですが、人間の世界でも私サイズの服が売っているみたいですね。
私に似合うといって、初めてであった頃に買ってもらいました。
くるっと回ればスカートがひらり。
「なんだか今日はご機嫌だね」
「ふふー、です」
そのあとは、テーブルに運んでもらってご飯の時間です。
私もご飯を食べたりしますが、米村は炊飯器でエネルギーの調整が済んでいるので食べなくても平気です。
それに――
この時間は食べている姿を見るのが好きなんです。
「いただきます」
「どうぞ。めしあがってください」
私とエネルギーが行き来したご飯を食べてもらえると、なんだか幸せです。
私のすべてが受け入れられているような……そんな感じです。
……さっきまで一緒だったご飯粒とは、まだちょっと感覚の共有があるので、むずむずして、くすぐったいのには慣れてきたところです。
そしてそんなとき、なぜだか無性につかまえてしまいたくなります。
「えいっ」
「どうしたの? 胸にくっついて」
「くっつきやすいんです」
「……くっつきやすい……ぺったり」
「良い意味です。そのまま食べていてください」
「?」
ちょっとむずむずして、でもぎゅっとしてると、なんだか幸せなのです。
米村はよくわからないのですが、これは嫌いではないのです。
ご飯が終わると、お仕事へのお見送りです。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい、です」
ちょっと寂しいですけど、大丈夫です。
人間というものは、またお腹を空かせて帰ってくるのです。
そのあとは、本を読んだり、少し開けてもらったベランダの窓から外に出て、お散歩したり、たまにパスタが飛んできたり。
「やっほー
「こんにちは。……で、なんですか?」
「ゲームしよ! この前の続き!」
「しょうがないですね。物語は進めずにレベルだけ上げてあります」
「わーい! 今日はどこまでいけるかなあ」
騒がしいですけど、パスタもミコッチさんが会社に行ってしまって寂しいのかもしれません。それに、ゲームが上手になったら、何かができるようになったら、米村は褒めてもらえるかもしれません。
「まったく、子供ですね。付き合ってあげます――」
*
「違います! 特技! 特技です! そこは魔法じゃないです」
「うおおおぉぉぉ!!」
「落ち着てください! 普通の攻撃をしないで! ――するなァ!」
「おりゃあッ!」
『Game Over』
「――はぁ、はぁ……いいですか、コマンドゲームなんですから、次は、次こそは落ち着いてください」
「うん、次は、一緒にやろう」
まあ、退屈しのぎくらいには、なりますね。
あれこれしているとすぐに夕方です。
「じゃあね! 米っちー! 今日はありがとう!」
「はい、また今度です」
しかたないですね。
もう少しゲームの準備をしたら、夜ご飯の準備を始めましょう。
――Now Loading――
あ、メッセージが届いています。
自宅用に置いてある、タッチに反応する機械――タブレット? というみたいです。人間の技術は妖精界にないものばかりで、すごいです!
『ごめん、いつもより1時間くらい帰るの遅くなるかも!』
「ひどいです……。炊飯器の予約タイマーは、帰り時間の約束なのに」
『ごめん……。早く帰れるようにするから』
「わかったのです。お米は任せてください」
『ありがとう、できるだけすぐ片づける!』
米村は大人の妖精なので怒りません。
この罰は、すぐに帰ってお米が食べられないことで十分なんです。
*
そろそろ準備を始めましょう。まずはいつもの水浴びから。
シンクに置いてあるガラスのボールに水を張って、体を綺麗にします。
……そして、こちらが既にお米が準備されている炊飯器になります。
予約時間を一時間遅く変更してセット。
早めに炊き上がってメロディーが鳴っても、米村は保温中だと温かくてなかなか起きられないのですが!
そして、ボタンを押してから中に入って、内蓋にある手を引っかけられるところをつかんで、蓋を閉めます。
あとは、だんだん温かくなって、眠くなるので――
「おやすみなさい」
――えっと、名前は?
――私は米村というのです。
――それで、どうして炊飯器の中にいたの?
――お米の妖精なので。
――えっ……それだけ?
――それだけです。
――そっか。まあ、とりあえずご飯食べようか。お腹減ってるんだ。
――はい。たくさん食べてください。
夢の中で、いつものメロディが鳴っています。
「もう少し……あと五分……」
温かくて、心地よくて、二度寝をしてしまうのです。
そんなとき、炊飯器のフタが開きます。
「おはよう、米村」
夢から目覚めるように、湯気が薄くなっていきます。
湯気の向こうに、夢の続きのような笑顔が見えます。
「おはようございます」
米村は、そんな毎日が大好きなのです。
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