<パスタとギリギリ・ボルケーノ>②
ナンプレを解き終わった私はパスタちゃんから羨望の眼差しを浴びつつテレビ前のソファーに腰掛けた。
ミコッチはお礼に昼食を作るという約束のため既にキッチンで作業をしているところで、米村も料理に興味があるらしく同行していた。
米村は人間界のいろいろなことに興味深々で忙しい。
パスタちゃんが包に入ったチョコレートを持って私の膝上にちょこんと舞い降りると、淡い黄色のワンピースをふわりとさせた。パスタちゃんはたぶん、ミコッチよろしくスタイルがいい。米村もスラリとした体型をしているが、パスタちゃんは出るとこにちゃんと主張があるような感じだ。
食い物か環境か……
私もここで暮らした方がいいのかもしれない。
「はい師匠!」
「うん、ありがとう」
「師匠めっちゃ強いよね。修行? 修行?」
「うーん、昔は寝ないで修業した。自分でもよくわからないけど、面白かったんだと思うな。最近はしんどくなっちゃってあんまりしてないけどね」
「マスターになると修行を教えるんだよね。知ってる!」
「そうだね。でもマスターだって教えていて気付くこともあるだろうし、新しい発見を探すために研究をすると思うよ」
話の流れで師匠からマスターにされていることにはあえて触れずに、私はもらったチョコレートを口内でじんわりと溶かしながら話を続ける。
「さっきの問題だって、ミコッチにもっと良いアドバイスができたのかもしれないって思ってるよ」
「ミコッチがんばってたもんね」
「うん……趣味が人一倍多いくせに手抜かりないんだからすごい。私は趣味といえば酒くらいしかないけど手を抜いてるし」
「どうして?」
「体に悪いって米村に怒られるんだ……」
「米っち怒ると恐いもんねー」
この会話のまま米村が戻ってくると怒られそうなので、口内の甘くなっているところをなんとなく舐めながらテレビ番組を見ることにする。……チョコレートの妖精なんてものもいるのだろうか。
「おーいパスタ―」
「はいはい、はーい!」
ミコッチがキッチンにパスタを呼んだので、パスタは返事をしながらふわりと飛んでいく。どうやらパスタを茹でるらしい。
パスタは『パスタの妖精』なので、米村であれば《米と炊かれること》に該当する儀式が《パスタと茹でられること》のようである。このような儀式は妖精の身体やエネルギーの調整に必要らしく、妖精ごとに違ったものがあるという。
リビングルームに一人になってしまった私は、少しテレビをながめてからキッチンの様子を見に行く。
キッチンにはミートソースの準備をするミコッチと、料理を眺める米村、それと輝く金属鍋でパスタと茹でられるパスタちゃんがいる。
「もうちょっとでできるよ」
「うん。なんだかいい匂いだね」
「パスタと言ったらミートソースだよね。肉が大きいやつ!」
「なるほど。パスタはどんな感じかな」
「ちょっと硬さみてくれる?」
鍋で茹でられながらこちらの会話を聞いているパスタちゃんが両手で一本パスタをつかんで私に渡す。米村との生活のせいか、まるで温泉にでも入っているかのようなリラックスした様子のパスタちゃんにも私は違和感を感じなくなっている。
パスタの硬さを確かめようとする私に米村が言う。
「そんなもの食べたらパスタになっちゃいますよ」
「…………」
帰ったら体からパスタを追い出すため米をたくさん食わされる。
そのようなことを一瞬だけ考えてから、私はパスタをすする。
同時に鍋でくつろいでいたパスタちゃんが一瞬、仔犬のような声を出した。米村と同じ様に、儀式によってパスタちゃんもパスタと感覚の共有があるようで敏感になっているらしい。しかし特に気にせず、ミコッチに報告する。
「ナイスアルデンテ」
「OKアルデンテ」
一度敬礼し、ミコッチはソースの準備に戻る。
アルデンテの芯が感じられる状態のパスタを私が咀嚼して楽しんでいるあいだ、鍋で茹でられているパスタちゃんはのぼせたように顔を火照らせ、ふやけたような表情でこちらを見ていた。
その後ミートソースの準備ができたので、盛り付けなどを済ませてからリビングルーム中央のテーブルに配置する。麦茶を用意し席に着き、昼食を食べる準備が整う。
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