第3話 真理絵とパメラ

サンタモニカビーチは、今日も快晴の青空であった。

美しい太平洋を見たくて車で飛ばして、安らぎを得たパメラは、その光景に酔いしれていた。

サンドイッチを食べながら、ふと・・・ジェイニーのことを思い出すパメラ。

今は彼に逢いたくなかった。

復讐の為とはいえ、毎夜、毎晩、カールに抱かれている自分の姿が嫌だった。

彼女は青い海を見ながら、ふと寂しくなった。

こんな事をしても無意味なのではないか?

カールは大きな壁だ。

そんな男を社会的に抹殺するなんて、私に到底出来るのだろうか・・・。

悲しみに暮れていたパメラの隣で、一人ではしゃぐ娘がいた。

よく見ると、その娘はスーツケースを持ってはしゃいでいる。

観光客か?日本人か中国人っぽい。

パメラはその娘をじっと見ていた。


浅野真理絵はやっとサンタモニカビーチに着いた。

飛行機に乗って、思い切って『ジミー・ハンセン』に告白に来た真理絵は、その海の美しさに思わず、「わあーっ!!」と叫んだ。

地元のアメリカ人が笑う中で、真理絵は人目もはばからず、その光景に感動していた。

「私来たわ。あなたに告白する為に!」

すると、ある綺麗な外人の女性がこちらを見ている。

真理絵はサンドイッチを持ちながら、一人で昼食中の彼女に、これからの行先の場所を聞くために話しかけた。

「すみません。あのー・・・」

彼女はジミーから習った英語を、片言で話し始めた。

「あのー、アトランティックレコードには・・・どう行けばいいんでしょう?」

ああ。この娘。アトランティックに行きたいのね。

観光客?何しに行くんだろう?

パメラはそんなことを思いつつも、アトランティックの行きかたを教えてあげた。

「ええっ!ここから車で20分?こっちの方が近いってタクシーの運転手さんが言ってたのに・・・」

ロサンゼルスではこういう光景は、たまに見受けられる。

日本人は絶好のカモなので、全く別の場所に置いて行って、金をとるケースが多いのだ。

真理絵は困惑した。

一応、お金は銀行に預けてあるが、ホテルのことを考えると予算が無い。

然し、ここで泣いても何も解決はつかない。

そう思った真理絵は、歩いて行くことに決めた。

「ありがとうございました。それでは私行きます。じゃあ。」

「待って!どうやって行くの?」

「歩いて行きまーす!」

パメラはずんずんと歩いて行く、ピンクのワンピースを着た日本人の後ろ姿を、目で追った。

歩いて行くったって、車では20分だけど、アトランティックまではかなりある。

どうしよう・・・放っておけない。

「待って!!」

パメラが真理絵に大きな声で叫んだ。

「私が乗せていくから・・・。」

何故、自分でもそう言ってしまったのか分からない。

しかし、この子を放っておくわけにはいかない。

何故か、パメラはその時そう思ったのだ。


パメラの青い車は、夏のサンタモニカビーチに生えて美しかった。

後部座席に乗ろうとする真理絵を、助手席にと手招いたパメラは、真理絵を乗せて車を発進させた。

サンタモニカの美しい海の風景を眺めながら、真理絵は感謝の言葉を述べた。

「ありがとうございます。本当に助かりました。」

「いいわよ。私は息抜きでここに来たから・・・。名前は何ていうのかしら?」

「浅野真理絵です。」

「真理絵さんね。私はパメラ。何故ここに来たの?観光?」

真理絵は少し黙った。自分がサベージパンプキンのジミーを追っかけて、日本からロサンゼルスに来たなんて言えない・・・。

「ただの観光です。」

「そうなの?女の子一人で?でもロサンゼルスは日本と違って、危ないから気を付けてね。」

「危ない場所でもあるんですか?」

やっぱりこの子も、平和ボケした日本人だなあ・・・。

密かにパメラは思った。

「日本には行ったことはあるんですか?」

真理絵が聞く。

「ないわ。だけど、世界で一番安全な国って言うことは聞いたことはあるわ。」

「そうなんですか?ふーん。でも最近は日本も治安が悪いですよ。」

「そうなの?どうして?」

「うーん。やっぱり不景気のせいですかね。社会が疲弊しています。」

2人がそんな話をしながら車を走らせていると、あっという間に、目的地のアトランティックレコードに着いた。

「ここが・・・アトランティックレコード。大きい!」

真理絵が呟く。

彼女はドアを開けると、スーツケースを車の後部のトランクから開けると、それを引っ張り出し

「ありがとうございました。それでは・・・。」

と、荷物を持って、行こうとした。

すると、

「待って・・・!」

とパメラが引き留めた。

きょとんとする真理絵。

パメラはシルバーの名刺入れから自分の名刺を取り出すと

「何かあったら、この携帯に電話して。」

と、言って真理絵に渡した。

真理絵は、大事に両方の手で、それを受け取ると

「感謝します。ありがとう・・・。」

と、ニコッと笑って答えた。


それから数日後。

パメラはカニの美味しいレストランに来ていた。

此処は、夜は感じの良いバーレストランに変わる。

しかし、昼は安い値段でカニの付いたランチが食べられることもあってか、地元でも有名な場所であった。

パメラは今や、ユナイッテドレコードのCEOの妻であった。

しかし、昔の節約生活の癖がついているのか、こういった庶民が集うレストランを探すことが多い。

昔、ブレッドと安いレストランや、バーを探しては楽しくおしゃべりをしていたあの日々・・・。

あの頃は2度と帰ってこない・・・。

パメラが少し寂しくなって窓を見ると、その窓のテラスに浅野真理絵が居た。

あれ・・・あの娘・・・。

今日はスーツケースを持っていないところを見ると、何処かホテルに泊まっているのだろう。

チェックのピンクのバッグを持っているだけであった。

彼女は、バックを、隣の開いている白い椅子に置いたまま、そのままランチを食べずに俯いていた。

あれでは、バックを取ってくださいと言っているようなものだ。

仕方なくパメラは、ランチをあのテーブルに持って行くようにウェイトレスに言いつけると、真理絵の元に向かった。

「ここいいかしら・・・。」

「えっ!?あっ・・・パ・・・パメラさんっ!?」

パメラは真理絵の隣に座った。

慌ててバックを抱える真理絵。

「バックは自分の手元に置いておくこと。もしくはバックを入れられる荷物入れをウェイトレスに頼むのね。これじゃあバックを取ってくださいって言っているようだわ。」

パメラが少し厳しめに話す。

「ご・・・ごめんなさい・・・。」

「やあね。なんで謝るのよ。私はあなたに何もしてないわ・・・。」

「そ・・・そうですね。すみません・・・。」

どうしたんだろう。この娘。この間みたいな元気が全くない。

暫くすると、ウェイトレスがパメラのランチを運んできた。

美味しそうなカニと、パメラの大好きなボンゴレビアンコがセットになってあった。

「ここは海鮮類が美味しいの。私はよくここに来ることが多いわ。

「そうなんですか・・・」

やっぱり、彼女は元気が無かった。

何かあったのだろうか・・・?

此処で彼女に、何かあったの?と聞くべきだろうか・・・?

パメラは迷った。

然し、何かあったら此処に電話してと、私の携帯番号を渡したのも事実だ。

でも、彼女は電話してこなかった・・・。

パメラは、此処はあえて聞かずにランチをサッと食べ終えると

「食べなさい。そうすれば気持ちが落ち着くから。」

と、それだけ言って席を立った。

それから、真理絵の伝票と、自分の伝票を2枚とると、ツカツカと黒いハイヒールを響かせ歩いて行った。

「困ります!パメラさん!」

真理絵がすかさず言うと、パメラは

「じゃあ・・・夜。電話してくるのね・・・。」

と言って、会計を済ませ、レストランを後にした。

何故、真理絵にこれだけ世話を焼いてしまうのだろう。

パメラは自分も寂しくて、妹みたいな彼女と話してみたかったのだ。

真理絵は、只ポカンと口を開けていたが、パメラの言葉を思い出した。

『食べなさい。そうすれば気持ちが落ち着くから。』

彼女はいただきます。というと、カニを一口頬張った。

冷めていたが、ジューシーな肉汁があふれているカニであった。

真理絵は涙を流しながら、ランチを食べた。


あれから、パメラの車を降りた真理絵は、アトランティックレコードの門をくぐった。

入り口、ガラス張りの自動ドアが開くと、広いロビーには窓際に白いソファーとテーブルが商談の為か、たくさん置いてあり、感じのいい緑の匂いがする室内の高い天井は、ふきっ晒しであった。

真理絵は、受付の女性に英語で話した。

「サベージパンプキンのジミー・ハンセンに逢いに来たんですけど・・・。浅野真理絵と言ってくればわかります。」

「少々お待ちください・・・。」

受付の女性は宣伝部に電話を掛け始めた。

暫く喋った後、彼女は電話を切って真理絵に話した。

「サベージパンプキンは、只今全米ツアー中です。」

「ツアー中!?じゃあここには・・・。」

「今は居ません。」

真理絵の頭は真っ白になった。

どうしよう。せっかく来たのに・・・。このまま会えずに帰ることになるの?

「じゃあ・・・せめて今、どの辺に居るんですか?」

「先程聞いたところ、今はメンフィスの辺りですね。」

真理絵は更に動揺した。

「メンフィス・・・どこなのそこは・・・?少なくともロサンゼルスよりかなり離れている・・・。」

真理絵はどうすることも出来ず、ホテルに戻るしかなかったのだ。


日本を発つとき、どうしてジミーがレコード会社に居ないことを確認しなかったのだろう・・・。

『ミュージックスピリッツ』の『大友真澄』にどうしてそれを聞かなかったのだろう。

(ミュージックスピリッツの大友真澄については、歌を忘れたヴォーカリストを参照してください)

こんな形で、またホテルに戻ることになるなんて。

そんな経緯により、真理絵は落ち込んでいたのだ。


そしてその日の夜。

真理絵はホテルに居た。

滞在は明日までだった。

明日には、予約したチケットで、ロスを経たなければならない。

最後の望みは、このパメラさんからのプレゼント。

携帯番号が入った名刺だ。

時計は夜9:00を指していた。

真理絵は思い切って、スマートフォンに手を伸ばした。

ドキドキした。

しかし、電話しなければ歩み出さなければ、何も解決が付かない。

「じゃあ・・・夜、電話してくるのね・・・。」

その言葉を頼りに、真理絵はテンキーを押した。




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