第6話 その少女、図に乗せられる
「はー、なるほどね。そう言うわけね」
テーブルにおいた小さな鏡を前に、制服のリボンを整えながらセリスが言う。
先ほどの内部露出でしばらく落ち込んでいたが、とりあえずは回復したようである。
「事情はそれなりにわかったわ」
と、ナターリア。
その正面には、助けを求めてきた少女が座り、アイスコーヒーを飲んでいた。
彼女たちが、その少女から聞いた話は三つ。
一つ目は自分は黒服達に追われていること。
二つ目は黒服たちが狙っているのは、持っているクマのぬいぐるみであると言うこと。
三つ目はそのクマのぬいぐるみは、行方不明になった父と母から託されたものであること。
であった。
「そのクマのぬいぐるみを手放せば安全になるんじゃないのかしら?」
「それは……、できません……」
ナターリアの問いかけに、少女は俯き加減で続ける。
「お父さんとお母さんが、これは絶対に渡しちゃダメだと……。悪い人に渡ったら、とんでもないことが起きるって……」
「じゃあ、私のところはダメだねー。なんてったって、私は悪の秘密結社」
「また脱がすわよ」
テーブルから身を乗り出し、首を突っ込もうとするセリス。しかし、そんな彼女にナターリアが睨みをきかせる。
「何よ……、私だって恥ずかしいのよ、アレは……」
ぶつくさと言いながら下がった彼女は、ソファーにもたれかかり、耳だけを傾ける。
「で、私たちにどうして欲しいわけ……ん?」
「これを……」
ナターリアの言葉に、少女は一枚の紙片を取り出す。
「なにこれ、文字の羅列と数字の羅列?」
紙片に書かれていたそれにナターリアは首をかしげる。
何か規則性がありそうな文字と数字、しっかりと考えれば解りそうなものなのだが、今の彼女にそんなことを考えている余裕はなかった。
そこに。
「T地区のターミナルに明後日の21時ね、この名前……たしか帝都政府の高官の名前じゃなかったっけ? ミツヒデ・イシカワって」
いつの間にかに後ろに回っていたセリスが顔を出す。
その言葉に、ナターリアは目を丸くし。
「わかるの……?」
「一応ね」
当然のように答えるセリス。横の少女も正解を示すように首を縦に何度も振る。
見ただけではなんだかわからない暗号のような羅列、ナターリアも自分なりに考えては見たもののよくわからなかった羅列であったが、先ほど辱めを受けたサイボーグ少女はそれをあっさりと解いて見せたのだ。
そんな彼女に、ナターリアは驚きの表情とともに。
「ただのバカじゃないのね……」
「なによっ!」
突然ケンカを売られたような言葉に激昂するセリス。
「あー、いやいや。戦闘力が高いだけじゃなくて、こういう暗号解析が出来るのだと感心してたのよ。もしかして、サイボーグだからそう言うのにコンピューターとか使ってたりする?」
「そ、そうかしら? って、脳は生身よ! それと、こういう謎解き、好きだったから……」
慌ててフォローを入れるナターリアに、怒ってるのだか照れてるのだかわからない対応をしながらセリスは頬をかく。
そして少女の方に顔を向け。
「つまりは、この時間にこの場所に行って、この人に引き渡せばいいの?」
「う、うん……」
おそるおそる返事する少女。
その時だった。
「姐さん、大変だ!」
ジョイナス三兄弟の声が響く。
今の今まで、喫茶店内で倒れた黒服を外に捨ててくる作業をしていたのが、血相を変えて飛び込んできた。
「なによ!」
返事をしたのはナターリアではなくセリス。
しかし、彼らにはもはやそんなのは関係なかった。
「黒宝龍会の連中がこっちに来やがる! さっきの連中、黒宝龍会の奴らだったんだ!」
「え、ほんと?」
これまたセリスが答える。
しかし、一方でナターリアの顔色は一気に青ざめたものへと変化していった。
「それはまずいわね……」
「ほんとまずいぜ! どうするよ、姐さん!」
焦るジョイナス三兄弟。
それも当然なのである。現在、悪の組織が一大ブームとなっている彩玉ではあるが、その中でも特に巨大な組織が三つある。一つは元々彩玉に存在していた国粋主義の暴力団、国采組。一つは、移民中心に構成された中東系マフィア集団、テムサーフ。そしてもう一つが、大陸よりやってきた中華系マフィア、黒宝龍会であった。
今、彩玉に存在している悪の組織の九割以上は、この三つの団体の傘下に収まっていると言われている。
「本当に黒宝龍会だったの? その下部組織じゃなくて?」
「ああ、見間違えるはずはねぇ。あのマークは黒宝龍会だったぜ!」
「まずいわ……、この子をターゲットにしているの、黒宝龍会だったのね……」
彼女も賞金稼ぎとして、この三団体の下部組織を相手したことはある、しかし、三団体そのものを相手取ることの恐ろしさを知っていた。末端の組織を潰して調子に乗った賞金稼ぎが、三団体の幹部を狙い、悲惨な最期を遂げたのを彼女はいくつも見てきたのだ。
末端の組織などいくら潰されても構わない、しかし、直系に手を出してきたものを決して許しはしないのだ。
このままこの子に関わっていたら、自分たちも危ないかもしれない。そんな不安が表情に出ていた。
「……?」
しかし、そんな事情を知らない少女は暗い顔をする賞金稼ぎ達を不思議そうな表情で見る。
そして。
「それじゃ、一つやりますかー」
事の重大さをわかっていない人物がもう一人いた。
アクチュエータの音を響かせながら、腕をぐるぐると回すセリス。これからやってくる連中を迎え撃つ気満々である。
機械の身体に不必要な柔軟体操までする始末である。
「お、おい待てよ!」
そんな彼女に、ジョイナス三兄弟の一人がさすがに声を上げる。
「相手はあの黒宝龍会だぞ! わかってんのか?」
「知ってるわ、よく因縁つけられるもの」
あっさりと答えるセリス、が、ジョイナス三兄弟も引き下がらない。
「黒宝龍会そのものだぞ! 下部組織とは違うんだぞ!」
「さすがにそれぐらい知ってるわ、何かこの間、『悪の組織やりたいならうちの傘下に入れ』とか言ってくるんだから、来たヤツ全員ぶっ飛ばしてやったわよ。」
「おいおい……」
ジョイナス三兄弟の後頭部に汗がにじむ。
「あー、もしかして賞金かかってた? ほしかった?」
「そうじゃねぇよ!」
反論しながらも彼らは考える。目の前のこのサイボーグ少女はとんでもないバカなのか、もしくはとんでもない大物なのではないかと。
そして、彼は思いついた。
「おい、お前ら! そして姐さん! ちょっと!」
兄弟とナターリアを集め、円陣を組む。
そしてその中で彼らは会話をはじめる、外のセリスと少女には聞こえない程度の大きさで。
「まったく、なんなのよ。あれ」
取り残されたセリスはずっと不思議そうな表情で見ていた少女に同意を求めるが、少女の方も困った顔をするだけであった。
待つこと数分。
「方針が決まったわ」
円陣から出てきたナターリアは、開口一番セリスの目を見て話し始める。
「お嬢ちゃん、悪を目指しているんでしょ?」
「そうよ、なんてったって私は悪の秘密結社エキュルイユの首領よ。悪と言えば私、私と言えば悪よっ」
ソファーにふんぞり返り、葉巻を吸う仕草をしながら答えるセリス。
「だったらここは見せ所よ、この子を誘拐しなさい」
「ふへっ!?」
突然の提案に、セリスは思わず変な声を出す。
だが、ナターリアは続けて。
「年端のいかない少女の誘拐なんて、大悪党よ。それも何か重要なものを抱えた少女を誘拐しての逃避行なんて、近い将来映画化されてもおかしくないわよ。お嬢ちゃん、映画好きでしょ、そう言う映画あるでしょ」
「ま、まぁ……」
まくし立てるナターリアに圧倒され、生返事だけを返す。
「そして、こんな悪事こなせるのなんて、この場においてお嬢ちゃん以外にはいないわよ。自信を持って! さぁ、その子を連れて逃げるのよ!」
「そ、そうかな……」
「そうよ! 悪の組織の首領でさらに戦闘力の高いサイボーグであるお嬢ちゃんにしかできないことよ! さぁ、やるのよ! 今こそ悪の華を咲かせる時よ!」
「そうだぞ! 悪だぞ!」
「かー、こんな大悪党、憧れちゃうぜー!」
「世紀に残る大誘拐劇が始まってしまうな!」
ナターリアだけでなく、ジョイナス三兄弟も囃し立てる中、セリスの表情がどんどん緩み。
「そ、そうよね、私にしかできない悪事……、そうね!」
ソファーから立ち上がったセリスはやる気が出たかのように声を出す。その姿に。
「今から私たちがバイクで明後日の方向に逃げて陽動するから、その間に裏口から逃げるのよ。行くよ、お前達!」
「おうっ!」
「それじゃ、任せたぜ!」
「しっかりとやり遂げろよな!」
ナターリアの声と共に、ジョイナス三兄弟が彼女に続いてぞろぞろと店から出て行く。
店にセリスと少女を残して。
「えー……おほん」
自分と少女、そして全く話に絡んでこない店主だけが残ったその店で、全く意味のない咳払いを一つはさみ。
「今から、私があなたを誘拐するわ! 恐れて怯えなさい!」
「お姉ちゃん……」
一連の流れを全部見ていた少女から哀れむような視線を投げかけられ、セリスは耐えられなくなったのか、明後日の方を向く。
うすうす感づいていた。ナターリアたちに乗せられていると、体よく厄介払いさせられていると。しかし。
「そんなことはないわ! 私は、悪い人なのよ! だから、誘拐するのよ!」
半分は自分に言い聞かすように、それを言葉にする。
だが、少女は。
「悪い人……には、見えないけど……」
「私は悪なのっ!」
ムキになって反論するセリス。まさか、悪を主張してくるとは思ってもおらず、少女の顔には驚きが見てとれる。
同時に外から響くバイク音。ナターリア達が走り出したらしい。
「このチャンスを逃すわけにはいかないわ! ええい、行くわよ」
言葉とともに制服のポケットから折りたたみ式の財布を出し、小銭をテーブルにおいて。
「コーヒー代、ここにおいていくから。何か、色々壊れちゃって、ごめん」
カウンターの奥に座る初老の店主に軽く頭を下げ、少女の手を引っ張って裏口から出ようとした、その時。
「おい」
低く響くは店主の声。
常連である彼女も久しぶりに聞くその声に、足が止まる。
「もしかして、店荒らしたこと怒ってます……?」
恐る恐る尋ねるセリス。が。
「カンボジアにある世界遺産ってのは何だ? 最後がトで8文字でだ」
「……多分、アンコールワットで」
思いもがけない質問、それに対し彼女はちょっと考えたのちに答える。
「そうか、アンコールワットか……、よし、繋がったな」
満足そうにうなづくと、彼は再び無言でクロスワードパズルと向き直る。
彼女たちに一瞥もくれず、答えさえ聞ければ用はないと言った様子で。
「…………い、行くわよ!」
そしてセリスは、少女の手を引っ張って店から出て行ったのであった。
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