第7話 その少女、守り戦う

「そう言えば……あなた、名前は?」

 店を出てすぐ、思い出したかのように少女に聞くセリス。

 このゴタゴタで名前を知らないことに、今気付いたのであった。

「エリー……」

「エリーね、わかったわ! 明後日になったらエリーとそのぬいぐるみでたんまり身代金とって上げるから、それまでよろしくね!」

 ボソリと呟く少女に、セリスはニッコリと微笑みかける。

 その微笑みに不思議そうな顔を浮かべ。

「お姉ちゃん、ほんと悪い人に見えないよね。どうしてそんなに悪い人になろうとするの?」

 訪ねるエリー。

 彼女の言葉に、セリスは少々考え。

「うーん……、私はね、正義の味方って言うのを信用していないのよ」

「え?」

「むしろ、憎んでるぐらいね……。いつかどうにかしてアッと言わせたい、どうにかして吠え面をかかせたい、そう考えているのよ。で、そうするには悪が一番手っ取り早いのよ」

 虚空に手を伸ばし、手を握るセリス。

 しかし、少女は納得いってない表情で。

「どうして……? どうしてそんなに憎んで……」

「あー、それは……」

 頬をかきながらセリスが答えようとした、そこにだった。

「ほほぅ、やっぱり裏口から出てきましたね」

 響く男の声。

 裏口から表通りに抜ける道、そこに一人の男が立っていた。

 黒いスーツに身を包み、襟元には金色のバッジ。金色のドクロに蛇が巻き付いたそのマークが入ったバッジ。それは黒宝龍会も紋章であった。

「お姉ちゃん、あれ……」

 バッジを指さす少女。

「追ってくる人、みんなあのマークつけてた」

「なるほどねー」

 納得したような表情でセリスは、エリーをかばうように立つ。そして。

「随分と早いことね」

「おや、驚かないのですね」

 不敵な笑みを浮かべるセリスに、物腰柔らかな態度で口を開く黒宝龍会の男。

「陽動なんて最初から期待していなかったし」

「陽動?」

 聞き返す男に、彼女は肩をすくめ。

「どうせナターリタたちは大したことしてないと思ったわ、あれだけ威勢のいいこと言って、そもそも気づかれてないじゃない」

「ああ、きっとバイクの連中のことですね。あんな潔く白旗振り回していたら我々も流石に……」

「思っていた以上にヘタレだったわー!」

 男の言葉にガックリとうなだれる。そんな彼女に。

「で、どうなさるのです? 今回の事や以前の事など我々にもメンツというものがありますが、貴女が黒宝龍会の軍門に降り、目的のものをこちらに渡すというのであれば、我々も手荒な真似は……」

「愚問ね」

 提案が終わる前に即答した彼女は、転がっていた石を男に向かって蹴り飛ばす。

 しかし、その石は男まで届くことはなかった。

「ありゃ……」

 突如男の横から伸びてきた鋼の掌、それによって彼女の奇襲は阻まれた。

 その光景に、セリスはばつの悪そうな表情を浮かべる。

「やれやれ、これだから会話の通じない野蛮な機械人間は……」

 見下すような視線を投げかけながら男は言う。

 そして、その彼を守るように出てきたのは、2メートルはあろうかという巨大な人型の鋼鉄。

 丸みを帯びた人型のそれは、まるでロボットである。

「お、お姉ちゃん……」

「ロボット? サイボーグ? いや違う」

 心配そうに声をかけるエリーをよそに、彼女は音を立てて目のレンズを動かし、解析を行う。

 簡易的なサーモグラフィであるが、人かロボットかぐらいの見分けはつけられる。そして、彼女の目に写ったのは、装甲の中の人型の熱量である。それで、彼女は確信に至った。

「パワードスーツってやつね」

「ご名答。本国から送られてきた最新型です、降参をするなら……その気はないようですね」

 男の眼前、そこにはやる気満々にファイティングポーズを取るセリスの姿。

「エリー、危ないから……下がってなさいっ!」

 いうや否や、彼女は一直線に駆け出す。

 そんな彼女に振り下ろされる鋼の拳、しかし、それを紙一重で交わしたセリスは、パワードスーツの腹部にボディーブローを叩き込む。

 が。

「っ!」

 鉄がぶつかり合う音と共に拳がはじかれ、彼女は後ろに飛んで一旦距離を取る。

 殴った場所と自分の手を見比べ、再びパワードスーツの方へと向き直る。どちらにも傷はついていなかった。

「ハハハ、どうしましたか。ご自慢の怪力でもこのスーツは傷一つつきませんよ!」

「そうね、このままじゃダメみたいね」

 男の高笑いにそう返した彼女は。

「システムコマンドAB-R、AB-L01起動!」

 スイッチが入ったかのように、身体のモーターの回転が一段階上がる。

 そして、腕や二の腕の部分が継ぎ目にそって外側へと開き、そこから内部の機械と筒状の排気口が露出、一瞬勢いよく煙を吐く。

 彼女の着ている上着を突き破って。

「お姉ちゃん……、上着……」

 飛び散る彼女のブレザーとシャツに、心配そうなエリーの声。

 少女は見逃さなかった、セリスが一瞬やってしまったと言うような表情をしたことを。意図的な演出ではなく、ただのうっかりであると言うことを。

「……よくもやってくれたわね! 安くないのよ、ブレザーっていうのは!」

「何もしていないのですが」

 責任転嫁に走るセリスに男はただただ首をかしげる。

「問答無用よ! 帰って有栖に怒られるのは私なのだから!」

 完全に自分のうっかりでノースリーブ状になったセリスは、機械部分がむき出しになった腕を構え、再び走り出す。

 これまでは服で隠れていた肘や肩の付け根部分などは肌で覆われておらず、機械の間接がむき出しになっており、彼女が機械の身体だというのをさらに主張していた。

「喰らいなさいっ!」

 怒りに燃えた声、少女にも聞こえるレベルで彼女の身体から響くモーター音、それにあわせて出力が上がる彼女の身体。

 そんな彼女にカウンターを入れるべく、パワードスーツの腕から飛び出すパイルバンカーの一撃。しかし。

「邪魔よっ!」

「!」

 左手一閃。セリスの腕がパワードスーツの腕ごとをはじく。

 そして、軽く飛び上がって右手を振りかぶった刹那、右肘からジェットが吹き出す。

「吹っ飛びなさい!」

 ジェットで加速された彼女の右拳が振り下ろし気味にパワードスーツの顔面部分をとらえる。

 一瞬拳が止まるが、ジェットの火力が爆発的に増して表通りへと吹っ飛ばし、駐車してあった一台の車にと激突する。

 一度は立ち上がろうとするものの、立ち上がることが出来ずそのまま倒れ、動かなくなるパワードスーツ。

「ざっとこんなもんよ」

 腕から煙を吐き、ガシャンと重たい音と共に排気口やジェットのタービンが元どおり腕に収まる。

 そして、会心のドヤ顔をエリーに向ける。

「パワードスーツなんて、中の人間の意識を飛ばせばどうってことないのよ! 最新型でもどうってことないわね」

 口数多く彼女が言う。

 しかし、パワードスーツはその弱点を克服するために特殊な素材や構造を使用しており、ちょっとした重火器を正面から喰らっても中の人間には影響出ないようなものなのだが、正面から叩き伏せる彼女が規格外なのである。

「さぁて、これでもでかいこと言えるかしら? あれ?」

 振り向くセリス、しかしそこには男の姿はない。

 辺りを見渡し、目のセンサーも使って周囲を確認するが、その姿はどこにもなかった。

「まったく、逃げ足だけは早いわね」

 やれやれといった表情を見て、肩をすくめる。その時だった。

「危ないっ!」

 少女の声が響くと共に振り向くセリス。

 突然そこに現れた男の姿。同時に彼の手が閃めき、それが彼女の胸に押し当てられる。

「キャァァァッ!」

 路地裏に響く悲鳴。

 押し当てられたそれ……青い火花を散らすスタンガンから発せられる電流が、セリスの身体を駆け巡る。

 身体の回路がショートし、配線が焼け、機器が停止していく。その苦痛全てが彼女の悲鳴となって声になる。

「でかいことを言っていたのはどっちですかね。これは対軍用ロボット用スタンガンですから、機械人形には効果が絶大かもしれませんがね」

 男のニヤケ顔。しかし、彼女の視界はすでにノイズだらけになっており、声も途切れ途切れに彼女の脳に響くだけである。

「こ……の……」

 電子音声丸出しの声で言い返そうとするが、それすらも上手く出ない。

 脳内に響く警告音声と彼女の瞳に映る警告表示。全てが限界に迫っていた。

 機体制御システムエラー。潤滑システムエラー。エネルギー供給部損傷。接続コネクタ損傷。人■■液システム制御不能。■■シス■ム■ラー。■■サ■■ル■ス■■エ■■。

「だ、ダメ……、こん……な……の……。生体脳保護の為、システムシャットダウンします」

 抑揚のないシステムボイスと共に目の光が失われ、糸の切れた操り人形みたいにガシャンと音を立ててその場に崩れ落ちる。

 彼女の意識はそこで途切れた。

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