第4話 その少女、巻き込まれる
「悪事……悪事……、悪事ってなんだろう……」
彩玉において治安がいいとされるU地区。そこにある喫茶店でセリスは考え込む。
そこは、老人が一人で営む小さな喫茶店。調度品の良さや落ち着きはあるが、当の主人は全く客に構うことなくカウンターの中でクロスワードパズルに熱中していた。
その店の一角、制服姿でノートに向かい合ってるセリスの姿は、宿題に悩んでいる女子高生にも見えなくはないが、そのノートには「悪いことリスト」なる物騒な文言が書かれていた。
「なーんかうまくいかないのよねー」
ペンを指でクルクルと回しては落し、回しては落しの繰り返しをしながら、彼女はぼやく。
喫茶店の窓から外を眺めると、親子連れや社会人、そして掃除ロボットが往来する平和な光景が見てとれる。封鎖都市といえどもこのU地区、古くは海外企業の重役達が住んでいた地区であり、現在でも治安の良さは彩玉の中では指折りであった。
「やっぱり未遂じゃだめなのかなぁ。でも、殴ったらむこう痛いだろうし……」
呟くセリス。
被害者側に思考が及ぶ辺り、彼女には悪はむいていないのである。
延々と考え、コーヒー一杯で一時間が経過した頃、それはやってきた。
カランカラン
「あら、お嬢ちゃん。いたの」
店のドアが開き、一人しかいない客……セリスの前まで歩いてきたそれは、軽快な様子で話しかけてきた。
ウェーブのかかった栗色のロングヘアーに、黒のライダースーツを着用した二十代前半とおぼしき美女。そして、彼女の後ろにはいかにもごろつきっぽいスキンヘッドの男が三人。
落ち着いた様子の喫茶店にはそぐわない風体に、セリスは座ったまま睨み。
「何の用? 私を捕まえに来たの? 賞金稼ぎのナターリア」
現在の彩玉では警察組織の犯罪者検挙率が低下する一方で、犯罪者に賞金をかけ、民間人が賞金のかかった犯罪者を確保することによって犯罪を抑制する、といった施策をとられている。そして、それを生業とする賞金稼ぎと呼ばれる職業が一定数存在していた。
そして、ナターリアと呼ばれたその女性もまた、名うての賞金稼ぎである。
「捕まえるって……。お嬢ちゃん、賞金かかってないじゃない。捕まえないわよ」
意地悪そうな笑みを浮かべるナターリア。自称悪では賞金はかからないのである。
その事実に、セリスはつまらなさそうな表情を浮かべる。
「へっ、賞金かかったらいくらでも捕まえてやるぜ」
言うのは後ろを固めるスキンヘッドの一人。
彼らはジョイナス三兄弟、ナターリア同様賞金稼ぎであるが。
「なによ、ナターリアの金魚のフン! だんご三兄弟!」
「テメェっ!」
言われ、つっかかるジョイナス三兄弟。
彼らに対する世の認識は、だいたいセリスと同じでナターリアのおまけ扱いである。
そしてそれは当人達もよくわかっているようで。
「俺達はなぁ、姐さんについていくことで真価を発揮するんだ!」
「またずいぶんと強気に開き直ったわねっ!」
「やめなさいっ!」
ナターリアの叱責をうけ、すごすごと後ろに下がるジョイナス三兄弟。
そして、再び彼女が前に出て。
「私はね、お嬢ちゃんのような子が悪を志すとか、似合わないと思っているだけ。と、言うより、そっち方面の全然才能ないでしょ」
「うっ……」
先日、メイドの有栖に言われたことを思い出し、苦い顔をする。
うすうす自分でもわかっているだけに、それはすぐに表情に出るのである。
「だからね、お嬢ちゃんも賞金稼ぎにならない? サイボーグで強いし、筋もいいし、実際賞金首何人も倒しているのだから実積も十分よ、すぐに一流になるわ」
端正な顔を顔を近づけるナターリア。
セリスの顔も美少女であるが、作り物である彼女の顔と違い、自然な美人の顔が迫る。
「やめてやめて、私はそんなつもりないわよ」
首をブンブンと横に振るセリス。
「ムキになって否定して、やっぱり悪には向いてないね。肌もこんなに綺麗で」
「作り物! 作り物だから!」
さらに顔を近づけるナターリア、もう少しでキスになる、そこまで接近してきたその時。
カランカラン
「助けてっ!」
悲鳴のような声と同時にそれは喫茶店に入店してきた。
それは黒髪をツインテールにした小学校低学年ぐらいの少女であった。浅黄色のワンピースと手に持ったクマのぬいぐるみが特徴的な。
その声に、振り向くセリスとナターリア、そしてジョイナス三兄弟。
「助けて、お姉ちゃん!」
主人以外に客はおらず、彼女たちの姿に気付いた少女は一直線にセリス達の方に走り寄る。
次の瞬間。
「ここに来たはずだ!」
声とともに蹴破られるドア。そして黒服にサングラスをかけた男達が数人、店内へと入ってくる。
「店長、どう見ても怪しい客よ! ドア蹴破られたわよ!」
セリスが叫ぶが、主人は全く動くことなくパズルに向き合う。
先ほどからのセリスとナターリアの大声でのやり取りや、今のドアを蹴破った招かれざる客にすら何ら反応を示すことなく、一貫として椅子に座ったままクロスワードパズルを続けていた。
「自分の店でしょ、ここっ!」
さらに叫ぶセリス。
そんな彼女の声に反応したのは、むしろ招かれざる客の方である。
「あそこか」
向かってくる男達に対し、助けを求めてきた少女は震えながらセリスのスカートをギュッと掴む。
「ああ、もうっ!」
巻き込まれてしまったものはしょうがない。そんな感じで吐き出された声とともに、セリスは手短な椅子を掴み、男の方にと投げつける。
女子高生然とした見た目からは思いもつかないようなスピードで投げられたそれは、一人の男に直撃、そのまま起き上がれない。
「ヒュー! さすがサイボーグだぜ!」
ジョイナス三兄弟の一人が声をあげる。
見た目こそ女子高生であるが、機械の身体のパワーは、通常の女子高生はおろか、ヘビー級のレスラーすらも凌駕するものであった。そんなパワーで投げられた椅子なのだから、それはもう凶器と言っても過言ではない。
「もう一つ行くわよ!」
再び椅子を手に取るセリス、それに対し黒服達は懐から拳銃を抜き。
「目標は殺すな、あとは構わん」
「ちょっと、なんなのっ!?」
慌ててセリスは椅子を捨て、大きめのテーブルをその場に立てて簡易のバリケートを作り上げる。それと同時に発射される銃弾。
小さめの拳銃のためか、弾はテーブルを貫通することはなく、壁として彼女たちを銃撃から守る。
そして、ナターリアやジョイナス三兄弟もそのテーブルの内側に入り込み。
「ほんと、なんなのかしら……」
やれやれといった表情でナターリア。その横で。
「ごめんなさい、お姉ちゃん達。巻き込んじゃって……」
助けを求めてきた少女がうつむき、謝罪の言葉を口にする。
そして。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
謝りながら泣き出す少女。
セリスは一瞬困惑そうな表情を見せるも、少女の顔をのぞき込んで笑顔を見せ、その少女の頭をポンッと叩く。
「ええい、乗りかかった船だわもうやるしかないわよ!」
乗りかかるどころか、足場が勝手に船になったような状況で、セリスは目の前のナターリアとジョイナス三兄弟に檄をとばす。
その言葉に、ナターリアは笑いながら。
「やっぱ悪には向いてないねぇ、お嬢ちゃん」
「ちょ、ちょっと」
髪をぐしゃぐしゃにする勢いでセリスの頭を撫で回す。
「これは縄張り争いよ! 私のシマに勝手に入ってきたから排除するだけなんだからね」
「はいはい、そう言うことにしといてあげる」
セリスの訴えを軽く受け流し、ナターリアは
「フォーメーションDよ」
『おうよ!』
その言葉にジョイナス三兄弟が応え、同時に彼らは飛び出した。
「ここなら大丈夫だから、ね」
「うん」
セリスの言葉に、少女は不安そうな表情を浮かべながらもうなづく。
「じゃ、お姉ちゃんも暴れてくるわ。この喫茶店は私のシマよぉ!」
そして彼女は笑顔を見せ、男たちに襲いかかっていった。
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