第2話 その少女、家に帰る

 少し年季の入ったマンションの中層階。そこがセリスの居住地である。

 動くたびにうるさいエレベーターを降りて、軋んだ音とともに玄関を開ける。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 そこに待ち構えていたのは、黒髪ポニーテールにロングスカートのメイドであった。

 恭しく頭を下げるその姿に。

「ご苦労様」

 と、一言。

 そして彼女は中に入ろうと靴を脱ごうとする、その瞬間だった。

「お待ち!」

「えっ!?」

 メイドは、靴に手をかけたセリスの腕をがしっと掴み。

「この焦げた臭い、さては足のジェット使いましたね……?」

 今までの恭しい態度は一瞬にして消え、凄みのある表情を浮かべたメイドは迫る。

「あはは……つい……」

 それに気圧され、セリスは苦笑いを浮かべながら答える。

 すると、メイドはどこからともなく水の入ったタライを出し。

「使った以上は、ススや灰などがこびりついています! そんなので室内に上がるなんて言語道断です、玄関から上がる前にまず洗浄! わかりましたか、お嬢様! こっそり上がろうとしているんじゃありません!」

「は、はいっ」

 メイドの言葉に背筋を伸ばして答えるセリス。

「わかったら、洗浄! すぐに!」

「はいーっ!」

 そのまま彼女は言われるがままに自分の足を洗い出した。


「うーん、ひどい目にあった……」

 それから数分後、ぶつくさと言いながらリビングにと入る家の主、セリス。そこに。

「オ帰リナサイマセ、マスター」

 声をかけたのは、一人の少女。

 テーブルの近くに立っているそれは、セリスより二回りほど低い身長に、黒のショートヘアの少女。しかし、その身体はメタリックな銀色に光る金属の身体。

 セリスの身体も金属で、脳以外全て機械であるが、それでも継ぎ目などはあるものの人間に近い肌の色になっており、その上から服も着ている。しかし、目の前の少女は完全に機械の外装のままで一糸まとわぬ姿をしており、声にしても、抑揚のない電子音であった。

 その少女はサイボーグであるセリスと違い、全て機械で構築されたロボットなのである。

「あれぐらいいいじゃない……」

 聞こえない程度に愚痴をこぼしつつ、疲れた様子を見せながらリビングの椅子に座ったセリスは、その少女に。

「イリス、テレビつけて」

「カシコマリマシタ」

 イリスと呼ばれたロボット少女は、セリスの言葉にうなずいた後、テレビの前まで歩いてそこ置いてあったリモコンを使いテレビの電源を入れる。

 全くリモコンの意味を成さない置き方に、セリスは一切の疑問を持たずテレビの画面に注目する。

 テレビに映る、夕方のニュース番組。

 封鎖都市であっても放送局は存在しており、都市内のニュースが放送されている。

『それでは次のニュースです』

「そろそろ私出るかなー」

 背もたれに寄っかかりながら、期待の眼差しをテレビに向けるセリス。

 そこに。

「またどうせ何も出来なかったんでしょ」

 紅茶のポットを持ちながら言うメイド。

 そして彼女は、優雅に目の前のカップへ紅茶を注ぎながら。

「悪の秘密結社を作る、と言いだしてもう何日経ちましたか? 落ちてるメダルを持って帰ってきたり、誰もいない道路で信号無視をしたりそんなのばかりじゃないですか」

 と、ジト目でセリスを見る。

 そんなメイドに対し。

「有栖ったら最近冷たいっ!」

 拗ねた素振りを見せながらセリスが言う。しかし。

「で、今日は何をしてきたのです?」

 有栖と呼ばれたメイドは、全く表情を変えないまま言葉を投げかける。

「……」

「何をしたのですか?」

 再び投げかけられた言葉に、明後日の方向を向いていたセリスは観念したように向き。

「……テロ未遂よ」

 ボソリと一言。

「テロ未遂。爆弾でも仕掛けて見つかったのですか? それとも警備員に阻まれたのですか?」

「……」

 再び黙りを決め込むセリス。

 この状況では言えなかった。まさか、路地裏でバールのようなものを握りしめて、ただただ知事がビルに入っていくのを見守っていただけだなんてことを。

「も、もうじきテレビでやるわ……」

 これが精一杯の強がりである。

「目ノれんずノ焦点ガ合ッテイマセン」

「イリス! 余計なこと!」

 横から飛んできたイリスの言葉に強めのツッコミを入れ、セリスはテレビの前で固まるように凝視していた。

 しかし、当然の如くテレビからはなんら彼女のことが出るはずもなく。いくつかのニュースの後、つつがなく天気予報を終え。

『それでは皆様、御機嫌よう』

 キャスターの挨拶、そしてローカル饅頭のCMが流れ出す。

「終わりましたね」

「終ワリデスネ」

 冷たい視線がセリスに突き刺さる。

「結局、何もできていないんですね? それでなんで、足のジェットを使うんですか?」

 再び目を背けるセリス、しかし、その視線を先回りして有栖は。

「何をしたんですか?」

「も、もちろんテロ未遂に……」

 それでもなるべく目を合わせないように、視線を避けつつ答えるセリス。

「イリス、分析を」

「分析、ますたーノ言動ニハ嘘ノ兆候ガ見ラレマス」

「イリスー!? どっちの味方なの!?」

 悲痛なセリスの叫びをよそに、再び有栖に睨まれるセリス。

 もはやこれまでと、そそくさとリビングから抜け出そうとするも、逃げ道を有栖の手でふさがれる。

「イリスは仕事を果たしただけ、お嬢様は正直に! 機械のお身体なのに機械の解析を信用できないとでも?」

「有栖、圧が強い強い! 言うからっ! 言うからっ!」

 自らのメイドに壁ドンをされた彼女は、ついに観念して洗いざらい白状することとなった。

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