封鎖都市の機械化令嬢
鳩ヶ谷沙織
第1話 その少女、悪を志す
高度先進実験都市 彩玉
かつて埼玉と呼ばれたそれは、帝都のすぐ隣、一本の川を挟んだ位置に存在した都市である。
帝都からの利便性や地価の安さから、様々な国の様々な企業が各種工場・実験施設を建設した一大都市であり、その華やかな彩りがまるで宝玉のようだと言われ、いつの頃からか彩玉と呼ばれるようになった。
そして、一時は帝都すら凌ぐ勢いを持って、栄華を誇っていたのである。
しかし、終焉は突然起こった。
十年前のとある日、ある企業の化学工場が事故に見舞われた。
未知の細菌を含む数々の実験材料を抱えた化学工場の事故は、未曾有の災害にと発展し、瞬く間に都市一帯を汚染したのである。
帝都への飛び火を恐れた国家は即座に彩玉を封鎖、ただ一つの鉄道を残して都市の出入りを制限した。感染の恐れがある住人をそこに残したままに。
事故から十年、帝都政府の管理の下、最低限の支援で人は生き続けていたが、封鎖地域は壁に囲まれ、出ることもままならないままに隔離されたその都市は、人々からはこう呼ばれるようになっていた。
封鎖都市 彩玉
これは、そんな封鎖都市で暮らすある少女の物語である。
* * *
夕暮れが近づき、あかね色さす高層ビル群。
幾多のものビルが建ち並ぶ中、一番高い象徴的なビル、彩玉庁舎。そこに一台の車が到着した。
到着と同時に、庁舎から出てくる黒服の集団が車を取り囲む。そして、車の後部座席のドアが開き、そこから一人の男性が降りてくる。
和服をまとった大柄な初老の男。
ただでさえ強面、そしてたくわえた白い髭がなおさら迫力を増している男、彼が帝都政府より派遣された知事、この彩玉行政区のトップ、ジョウデン・ツチヤである。
そして、その威圧的な姿を遠くから見るものがいた。
「今日こそ、今日こそやってやるわ」
ビルとビルの間にある路地で、声を荒げる一人の少女。
ビル風にたなびく長い銀髪に青いカチューシャ、そして服装はブレザーに真っ赤なリボン、チェックのスカートといったいかにもな女子高生スタイルをした背が高めの美少女。しかし、手に持ったバールのようなものが実にまがまがしい。
「彩玉知事、ジョウデン・ツチヤ。今日こそやってやるわ!」
静かに声を出し、気合いを入れる少女。
そして、彼女は機をうかがうかの如くじっと見守る。
周囲を警戒する黒服達。
そして、中でも大柄な黒服達が知事を守るように囲み、そのまま知事を連れ庁舎内へと入っていく。
おおよそ数十秒、その様子を一部始終見守っていた少女は。
「今日はこのくらいで勘弁してあげるわ!」
満足そうにそう言うと、辺りに誰もいないことを確認し。
「今日も悪事をしてやったわ! テロ未遂よ! いやー、私って悪だわー! かーえろっと!」
手に持ったバールのようなものを壁に立てかけ、恍惚の笑みを浮かべながら彼女は長い銀髪をかき上げる。
「いやー、見てた? 見てた? 私の悪事っぷり。知事相手にバールのようなもので襲おうとしていたのよ、これでついに私も賞金首かなー、ワクワクしちゃう!」
誰もいないというのに、嬉しそうに話し出す。
一切何もしていないというのに、まるで大仕事を終えたかのような満足感を胸に、帰路につこうとしたその時だった。
「食い逃げだー!」
路地の奥から響く声。
「食い逃げとか、私に比べたらちっちゃい悪事だね」
よほど今の自分の行為が気に入ったのか、そう言いながら彼女が振り向く、同時に。
ドンッ!
「うわっ!」
ぶつかる衝撃に、その場に尻餅をつく少女。
それと同時に、反対側では彼女と同様に一人の男が尻餅をついていた。
サングラス姿にモヒカン頭、そしてご丁寧にラーメンの丼を持ったその姿は、誰がどう見ても食い逃げの実行犯である。
「この、アマァ……」
逃げようとしたのを邪魔されたのだ、怒りに満ちた目をしてのっそりと立ち上がったモヒカン男は、少女の胸ぐらを掴んで睨み付ける。
だが、モヒカン男は少女の顔を見て気づいた。
「テメェ、ヒーローかぶれの機械人形……!」
「誰がヒーローかぶれよっ!」
男の言葉に、少女は反論。
しかし、男は聞く耳持たず。
「テメェのせいでなぁ、兄貴は政府警察に捕まっちまったんだ! 責任とってもらおうかぁ」
ポケットから取り出すバタフライナイフ。それを器用に回して少女に刃を向け。
「命乞いするなら今のうちだぜ! そもそも許す気なんかねぇがよぉっ!」
言葉と同時に、バタフライナイフの刃を少女の胸に突き立てる。だが。
ガキィッ!
「なぁっ!?」
甲高い音とともにバタフライナイフの刃が折れ、チャリンと地面に転がる。
「どう、許す気がないって?」
驚きの表情のまま固まる男に対し、穴の空いたリボンとシャツを軽く整えた少女は履いていたローファーとニーソックスを脱ぎ捨てる。そして。
「システムコマンドLFB-03起動っ!」
少女の言葉と同時に、彼女の足下がカチッと響く。
素足になった彼女の左かかとが開き、そこからバーニアを思わせる機器が露出。次の瞬間、それは火を噴き、一気に足が加速する。
「吹っ飛びなさい!」
「☆□○△※!?」
言葉にならない悲鳴が響く。
ジェットで加速された彼女の足は、男の股間を蹴り上げ、きりもみ状に大きく吹っ飛ばしたのであった。
彼女はそのままバク宙のように一回転して無事着地、一方蹴り上げられた男は路地の脇に寄せてあったゴミ箱に頭からホールインワン。
「覚えておきなさい! 私はヒーローかぶれじゃない! 私は悪の秘密結社、エキュルイユの首領よ!」
ゴミ箱に突き刺さり、ピクピクと小刻みに震える男に少女は言い放つ。
同時にカシャンと軽い音を立てて元通りに戻る彼女のかかと。
よく見れば、開いていた部分に継ぎ目の線が存在していた。かかとだけではない、制服から肌が露出している部分、足・手・首元といった部分にも、うっすらと継ぎ目が見てとれた。
「こーの食い逃げ野郎! ありがとな、セリスちゃん!」
そこに現れたのは、先ほどの声の主。
人の良さそうな表情にコック帽を被り、その手にはフライ返しを持った、いかにもコック然とした恰幅の良い男。
「むこうから因縁ふっかけられたから、流れよ流れ」
セリスと呼ばれたその少女は、手をぱたぱた振りながら照れくさそうに答える。
そんな彼女に、男はにこやかに。
「今度食いにおいで、今日の分サービスするからさ……って、セリスちゃんはサイボーグだったね、だったら食えないかぁ」
「いやいや、食べれる食べれる。食べれるって!」
男の言葉にあわててセリスは首を横に振る。
「サイボーグだろ、機械なんだろ?」
「確かに私は脳みそ以外全部機械のサイボーグだけどさ、その脳みそにだって栄養いるのよ。ほら、疲れたら糖分いるでしょ? アレと同じようなもので」
力説するセリス。
彼女の言うとおり、その見た目こそ女子高生であるが、その身体は脳以外全て機械で造られたサイボーグなのであった。いたるところにある身体の継ぎ目や、ナイフをもはじく身体、今し方使用した足部収納式のバーニアなども機械の身体だからこそである。
そして、その声も自然ながら合成された電子音で響く。
「わかったわかった、今度連れと一緒においで」
「ありがとー」
男の言葉に満足した様子で、セリスはニッコリと笑顔を浮かべる。
そんな彼女の笑顔を受け。
「オラァ、立てや! 食い逃げ野郎!」
ドスの効いた声を放ち、ゴミ箱を一蹴り。そして突き刺さったままの男の足を掴み。
「もう逃がさないぞ! きっちり払ってもらうからな! ああん? タマが潰れた? 知るかそんなもの」
先ほどまでの笑顔から一転、鬼のような表情を浮かべ、抜けないゴミ箱ごと男をズルズルと引っ張っていった。たとえ料理人でも、彩玉封鎖以来ずっと生き延びてきた胆力の強さがここに存在しているのである。
その後ろ姿を見送り。
「うーん、帰ろ」
と一言、彼女もまた帰路にと歩き出した。
「どうしよっかな、このシャツの穴……」
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