帰り道 前編
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「あの、何故わたしは殿下と同じ馬車に乗っているのでしょう……」
ガタガタと馬車に揺られながら、アリシアは問いかけた。
行きと同じように馬車は数台あったので、アリシアは当然ノアと一緒に後方のものに乗るつもりでいた。しかし、イルヴィスは自分が馬車に乗り込む直前、アリシアの手を引いて、強制的に同じ馬車へと乗せた。
「不満か?」
「ま、まさか……!」
もちろん不満なわけはない。
だが、こんな至近距離で、しかも二人きりだ。ドキドキして、外の景色もまともに見られない。
「この国にいた間、あまり貴女と一緒に過ごせなかったからな。せめて帰りくらいはと思ったんだ」
「そうだったんですね!」
「……何故こちらを向かない?」
ずっと顔をまっすぐにむけていたが、とうとう指摘されてしまった。
そんなの緊張するからに決まっていよう。
だがそんなことを言えるはずもなく、アリシアは誤魔化すように声を上げた。
「あ、そうでした。ずっと渡そうと思っていたのですけど、これ、よろしければ」
手渡したのは、カイと街へ出た時に買ってきた、シーグラスのピアスだ。
城に戻ってきてからもバタバタしていて、渡すのを忘れていた。
「ほう、綺麗だな」
「カイ様に案内してもらった店で作ってもらったんです。殿下にとても似合いそうだと思いまして」
「……カイに案内してもらった?」
「はい。姉様の家にいた時に訪ねてきてくださって」
「初耳だな」
ちらりとイルヴィスの表情をうかがうと、ピアスを見つめながら少し複雑そうにしていた。
「あの……」
「まあ良い。大切にする」
「気に入って頂けたなら良かったです」
「そういえば、私も一つ聞きたいことがあったのだが」
イルヴィスはそう前置きして、じっとアリシアを見る。
「私が熱を出して倒れた時があった時、ずっと看病してくれていたらしいな。とても有難かった」
「あ、ああ!あの日」
「あの時私の部屋の近くにいたのは、私に何か用事があったからか?」
イルヴィスが倒れ、看病したのは確か、レミリアの家から戻ってきたその日。
確かにあの日、イルヴィスと話がしたいと思って部屋に行った。
その理由は、自分の気持ちを少しでも伝えたいと思ったから──。
「ち、違うんです……!あれは何というか、その」
あの時の決意はどこへやら。アリシアはしどろもどろになって顔を熱くする。
しかし、二人きりでいるこの瞬間、想いを伝えるチャンスでもある。
(頑張れ、勇気を出すのよわたし!)
大きく息を吸って吐き出す、というのを三回繰り返す。
手をギュッと握り、イルヴィスの方を見た。さすがに目は合わせられないが。
「あの日、わたしは確かに殿下と話がしたくて部屋へ行こうとしていました」
意に反して声が震える。
「ど、どうしても伝えたくなったんです。……殿下のことが好きだって……ディアナとばかり一緒にいるから嫉妬してしまっているって」
言ってしまった。反応が怖い。
しかし、なかなか言葉が返ってこない。
代わりに、ガチャンと何かが落ちる音がした。見ると、先ほどアリシアが手渡したピアスが下に落ちていた。
「あ。このピアス、ガラス製なので、落とすと割れてしまうかも……」
アリシアはそう言いながら落ちたピアスを拾い上げる。そして、イルヴィスに再び手渡すと、その手をそのまま強くつかまれた。
「今のは、本当か?」
「え?ええ、ガラスなので多分……」
「違う!貴女が私のことを好きだというのは本当か?それとも私のことをからかっているだけなのか?」
「か、からかうって……。本当ですよ!本当に好きです!今だってドキドキして仕方ないんですから……」
何故か必死な様子のイルヴィスに、アリシアは思わずそんなことを言ってしまう。
そんなアリシアのことを、イルヴィスは驚きに満ちた緑の瞳で見つめる。
「そう、か……。そうか。まずいな、これは想像以上に嬉しい」
口元を押さえ、肩を揺らして笑っている。
それから、そっとアリシアに手を伸ばした。手はアリシアのターコイズブルーの髪をそっと耳にかけさせる。
驚いて目を閉じると、その瞬間、唇が柔らかいものに塞がれた。
(っ……!)
この感じは知っている。忘れられるはずもない。
人生で二度目のキス。記憶と違うところと言えば、前はほんの一瞬触れただけだったのに、今回は息苦しくなってきても解放される様子がない。
恥ずかしさと酸素不足で頭がくらくらしてきた頃、ようやく彼の顔が離れる気配がした。
「私も同じ気持ちだ、アリシア」
イルヴィスの熱を帯びた声が耳に届く。
(同じ、気持ち……!)
ずっと知りたいと思っていた彼の気持ち。聞いた瞬間、嬉しくて涙が溢れ出そうになる。
「殿下。わたし、貴方のことが好きです。大好きです」
「私も貴女が想像している以上に貴女のことを愛している。キスをなかったことにされてずいぶんショックを受けるくらいにな」
「なかったこと?」
身に覚えのない話に聞き返すと、イルヴィスは余計なことを言ってしまったというように目をそらした。
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