救出 前編
■
「くそ、こっちの船もハズレか」
深い海を思わせるほど真っ青なその髪を、カイは苛立たしげに掻きむしる。
少しでも怪しげな船を見つけたら、数人の家来が乗り込み調査をする。もう何度繰り返しただろうか。
彼のように感情を表に出してこそいないが、イルヴィスにもカイの気持ちは痛いほど共感できる。
「やはり『怪しげな船』などと漠然と選ぶくらいなら、全ての船を片っ端から調べた方が良かっただろうか」
「港から出る全ての船を調べていたら時間がかかりすぎる。そんなことをしている間に本当に探している船は逃げてしまうかもしれない。……そう言ったのはお前だぞ、カイ」
「それはそうだが……」
「捜索用の船はいくつも出しているんだろ?そのどれかが既に見つけているかもしれない」
「……悪いが、俺はそんなに楽観的になれない」
自分だって全く楽観的になれてやしない。
そう言い返すこともできたが、二国の王子が両方とも苛立っていたら、他の者たちに気を使わせ、空気が悪くなるのは見えている。
イルヴィスは胸の辺りに手をやり、深く息を吐きながら、ふと遠くに目をやった。
どこまでも広がる青い海。
この前見た時は純粋に美しいと思えたが、今日はそのように思えない。むしろ、広すぎて何か大切なものが飲み込まれてしまいそうな錯覚を覚えさえする。
この前美しいと感じたのは、きっと隣に海を見て無邪気に喜ぶアリシアがいたからだったのだろう。
そんなことを思っていると、向こうの方──どうにか見えるくらいの距離にいる一隻の船に気づいた。しかも、その船からは何か黒いものがもくもくと上がっている。
(煙か……?)
さらによくよく目を凝らすと、甲板では何か大きな赤い旗のようなものが大きく振られている。その上船は風に流されるような動きをしているようにも見えた。
「カイっ!」
イルヴィスは振り返って叫ぶ。
そして、その船の方をまっすぐ指さした。
「あの船、様子がおかしくないか」
「煙が出ているようだ。何かトラブルがあったのかもしれないな。見に行ってみるか」
船の上で火事が起きていたりしたら大変だ、とカイは進路をあの船の方へ変えるよう指示を出した。
□
差し入れと称してハーブティーを届けたアリシアが、しばらくしてそっと操縦室をのぞくと、船長が飲みかけのティーカップのそばで倒れ込んでいるのが見えた。
(良かった、怪しまずに飲んでくれたのね)
彼がきちんと眠っていることを確認して、なるべく音を立てないようにその場を去り、荷物の積んである場所まで移動する。
そこそこ効き目の強い薬のようなので、ちょっとした物音くらいで目を覚ましたりはしないだろうが、用心するに越したことはない。
荷物に掛けられている、テーブルクロス二枚分ぐらいの大きさの赤い布を見つけて手に取り、適当に折りたたんでまた甲板へ出た。
帆先の方では、ディアナが荷物の中にあった衣服や、どこから持ってきたのか木材といった、煙の出やすそうな物を懸命に燃やしている。
しかし残念ながら、助けを求められそうな船はまだ現れない。
(もしも、誰も現れないまま薬の効果が切れたらどうしよう……)
あの状態で目を覚まされたら、恐らくアリシアがハーブティーに睡眠薬を盛ったのがバレる。そうなっては何をされるかわからない。
もしこのまま助けを求められそうなものが何も現れなければ、折を見て切り上げ、「アリシアとディアナもお茶を飲んだ後眠くなり、一緒に眠ってしまっていた」というふりをしておくのが最善策か。
そこまで考えた時、突然ディアナが叫んだ。
「アリシアさん!あっちの遠くに船のようなもの、見えません?」
「えっ、どこです」
「ほら、向こうの方!」
ディアナの言う方を見ると、確かに船のシルエットが遠くに見える。
アリシアはこの船の中で、上ることのできる一番高いところまで行き、持ってきた赤い大きな布を全力で振った。
こちらに気づいてさてもらえれば、ちゃんと助けを求めているように見えるだろう。
さすがにこの大きさの布は重く、肩と腕と手首が既に悲鳴を上げているが、どうにかして必死に振り続ける。
「はぁ、はぁ……」
汗が吹き出て、息もきれてきた頃、どうやらその船がこちらに気づいてくれたらしいことがわかった。
少しずつこちらへ近づいてきている。
「ディアナ王女。もう煙を上げなくても大丈夫そうですよ。気づいてもらえたようです。このまま待ちましょう」
ディアナに声をかけ、その場に座り込んだ。
しばらくそのまま休んでいるうちに、遠くにいた船がだいぶ近くまで来た。
「おーい!そこの船、煙が出ているように見えたが、何かあったのかー?」
その船から聞こえてきた大きな声に、アリシアは驚いて立ち上がる。知っている声だ。
ディアナもハッとした様子で呟く。
「兄さん……?」
やはりカイの声か。アリシアは思わずディアナと顔を見合わせた。
声の似ている人なのかとも考えたが、やがて船は乗っている人の姿がわかるくらいまで近くに来て、声の主がカイ本人であることがわかった。
こちらに向かって懸命に叫ぶ彼に、ディアナは大きく手を振っている。
「兄さん!兄さん!」
「お前、ディアナかっ!?」
驚きと喜びに満ちた声の彼。
そしてアリシアの目は、その隣にいる人物を捉えた。
(イルヴィス殿下……)
海風を受けてなびく金色の髪。
彼がいることに気づいた瞬間、胸の辺りがキュッと締めつけられたように熱くなる。
来てくれた。見つけ出してくれた。
「アリシア殿もいるのだな!待っていろ、こちらの船をギリギリまで近づける!」
その言葉通り、やがて助けの船は、簡単に飛び移れそうなくらいにまで近づいてきた。
カイはこっちに向かって手を伸ばし、「飛べ!」と言った。
船同士の距離が近い上に、向こうから手を引いてもらえる。きっと飛び移るのはそう難しくない。
「ディアナ王女、先に行ってください」
アリシアが言うと、ディアナは少し不安そうながらもこくりとうなずき、意を決したように飛び移った。
カイに強く手を引かれ、上手く移れたようだ。泣きながらへたりこんでいる。
「アリシア殿、あなたも早く!」
アリシアが助けの船がいる側へと行き、カイがそう言ったちょうどその時。
グラッと大きく船が揺れた。その揺れのせいで、向こうの船と少し距離が開く。飛び移るのが不可能というほどではないが、不安な距離だ。
「すまない、もう一度近づけるから少し待っていてく……」
そう言いかけたカイが、目を見開いてアリシアを──いや、正確にはアリシアの少し後ろを見た。
言葉を失ったカイの代わりに、その隣にいたイルヴィスが、焦った声で叫んだ。
「アリシア!後ろ!」
「後ろ……?」
言われて振り返ると、目に飛び込んできた光景に思わず息を止めた。
「逃げないでくださいよ……何で邪魔するんです……」
アリシアの真後ろに、睡眠薬がきれ、目を覚ましてしまったらしいカーラが一人で立っていた。
しかも、その手にはナイフが握られていた。刃先はまっすぐこちらに向けられている。
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