船上ティーパーティー 後編



 十数分経った頃、船員を引き連れたカーラが、人数分のカップを持ってやって来た。


 船に積んであったらしいカップは、ところどころ欠けていたりと、あまり見た目は良くないが、柑橘系のとても良い香りがしてくる。



「へへっ、この状況でティーパーティーとは酔狂だねぇお嬢さん」


「同じ船に乗っている人の顔すら知らないなんていうのもどうかと思ったのよ。縄、解いてくださいますか?海の上じゃどうせ逃げ出せやしませんし」



 アリシアは集まってきた男の一人に縄を解かせると、若干の立ちくらみを覚えながらもようやく立ち上がることができた。

 集まってきた男は七人。船を操縦している船長以外はこれで全員らしい。



「良い香りがするわね。カーラ、これは何のハーブティーかしら?」


「オレンジブロッサムです。船に積んであった商品から見つけました。……アタシの買取なんですから感謝してくださいよ」


「ありがとう!ほら、ディアナ王女も行きましょう」


「え、ええ」



 戸惑い気味のディアナの手を引き、オレンジブロッサムティーの入ったカップを受け取る。

 皆が座れるような椅子とテーブルはなく、地べたに座る感じになり、少しピクニックのような雰囲気だな、と思う。



「こっちが砂糖でこっちが蜂蜜。好みで入れても良いですけど、このハーブティーはそのままで十分美味しく飲めますよ」



 カーラはそう言って大きめの砂糖の瓶と蜂蜜を見せ、それから全員分のカップにお茶を注ぐ。


 彼らは普段あまりハーブティーを飲むことはないらしく、物珍しそうに香りをかいでいる。


 アリシアは、受け取ったカップに口を付け、オレンジブロッサムティーを一口含む。


 柑橘類と花の甘い香りと、ほのかな苦味。


 このハーブは紅茶とブレンドするのも好きだが、カーラの言うように、そのままでも十分に美味しいハーブティーだ。


 隣で同じように飲んでいるディアナは、わずかに表情を明るくしている。


 柑橘系の香りには不安な気持ちを和らげる効果もあり、今のディアナにも丁度いいだろう。

 男たちからの評判も上々で、カーラも満更でもなさそうな様子だ。


 そんな中、アリシアはこっそり砂糖の瓶を手元に寄せる。


 そして──



「えっ、ちょっ……アリシア様何してるんですかっ!」


「何って、砂糖を入れたのよ」


「いやいや、にしたって入れすぎでしょ!?」



 カーラが素っ頓狂な声を上げるのも無理はない。アリシアは、スプーンに山盛りの砂糖をカップに入れていた。



「だって甘ければ甘い方が美味しいのよ、これ」


「そんなはず……」


「ほら、良かったら皆さんも入れてみてください。カーラも騙されたと思って」


「そんなん甘ったるくて飲めたもんじゃないに決まってるでしょ!」



 カーラは怒ったように言うが、男たちはアリシアがそう言うならと同じようにカップに砂糖を入れ始めた。



「はは、あめぇな。だが確かに美味い」


「蜂蜜も一緒に入れたらさらに甘くなるぞ」



 恐らく普段はそこまで甘いものを口にしないのだろうが、この砂糖もカーラが買い取った物ということで、彼らは遠慮なくどさどさと足している。


 結局カーラもそれで興味を持ったのか、それとも自分の買った砂糖を他人がどんどん使うのが癪なのか、思い切ったように自分のカップにも入れた。


 そして恐る恐る一口飲む。



「って甘っ!どう考えてもやっぱ甘いでしょ!」


「美味しくない?」


「ないです!全く、信じられない」



 カーラはそう言って、甘くなりすぎたカップの中に残っているハーブティーを注ぎ足した。そしてそれを大笑いする男たち。


 皆思い思いに騒ぎ立て、その様子はティーパーティーというよりは、宴会のようだ。



 ──しかし、その喧騒は長く続かなかった。

 一人が静かになり、また一人口を閉ざす。


 やがて、全員……正確には、アリシアとディアナ以外が皆、床に倒れ込み、心地よさそうな寝息を立て始めた。



「眠った……」



 アリシアは息をつき、額に浮かんだ汗を拭う。



「姉様ったら、どれだけ強い睡眠薬を処方してもらっていたのよ。ちょっと効きすぎじゃない?」



 苦笑しつつ、アリシアは睡眠薬の入っていた包みを取り出して眺める。


 レミリアの家にあった睡眠薬。彼女が以前医者に処方してもらったものらしいが、必要もないのに不用意に使用しないよう回収していたのだ。


 あの家を出る時、偶然今着ているワンピースのポケットにしまっていたのを思い出し、利用できないだろうかと考えた。



「本当に上手くいったんですのね……」



 ディアナは震える声で呟く。


 お茶係として働いていたカーラなら、もし持って行ったお茶の味が気に入らないと言われた場合に備え、一緒に砂糖を持ってくるだろうと踏んだ。

 予想通り彼女は大きめの砂糖の瓶を持ってきて、アリシアは隙を見てその砂糖に睡眠薬を混ぜた。


 睡眠薬の効き目がいかほどかわからなかったので、できるだけ睡眠薬入りの砂糖をたくさん入れてもらおうと、まずは自らたくさんの砂糖をハーブティーに入れて見せたのだ。




 アリシアは砂糖を入れた後のお茶は一度も飲んでいない。そしてディアナにはカーラが戻ってくる前にこの計画を話してあったので、彼女も砂糖には手を付けていない。



「それで、これからどうするんですの?」



 ディアナが不安そうな声色で問う。



「この人たちが眠ったところでここは海の上。逃げようがありませんわよ?」


「この辺りを通る船は何もこの船だけではないでしょう。どうにかして他の船に異変を知らせましょう」


「どうにかしてって、例えば?」


「大きな目立つ色布などがあればそれを旗のように掲げるとか。あ、あと煙を上げられると遠くからも気付いてもらいやすいかも」



 いくつかの提案に、ディアナは納得したようにうなずく。そして自ら、煙を上げる役をやると申し出た。


 アリシアはうなずいて、残っているオレンジブロッサムティーをカップに注いだ。



「わたしはこのお茶に睡眠薬を入れて、適当に言いくるめて船長に飲ませてきます。静かなことに気づかれたら厄介ですので」


「わかりましたわ」


「本当は大好きなハーブティーをこんな風に利用するのは不本意なのだけど……緊急事態だものね……」



 アリシアは自分にそう言い聞かせながら、睡眠薬入りの砂糖がきちんと溶けるよう混ぜる。



「あの、アリシアさん。一つお聞きしても?」


「何ですか?」


「私を放って一人で助かろうとは思わなかったのですか?」


「え?」


「だって、私が貴女のことを誘拐させようなどと計画しなければ、そもそもこんなことにならなかったのですよ?いわば元凶である私のことも、彼らと同じよう睡眠薬を飲ませて眠らせることだってできますわよね?」


「まあ、そうですね」



 ディアナが何を言いたいのかよくわからず、アリシアは曖昧にうなずく。



「それに、私は本当の王女ですらないのです。貴女に私を助ける価値があるとは思えません」


「助ける価値……ああ、なるほど」



 ディアナは、自分がアリシアに悪いことをしたのだという自覚はある。だから、そんな自分を助けようとしているともとれるアリシアの行動に戸惑っているのだ。


 この国の王女であるならば、助けることのメリットも大きいかもしれない。しかし、アリシアは「ディアナが本当の王女ではないことを知っている」と明言していたからそれもない。

 言われてみれば、アリシアは当たり前のように、ディアナと共に窮地を脱する方法を考えていた。



「そうですね……きっと、わたしはディアナ王女のことを大切にしている人の存在を知っていたから、無意識に貴女を助けなければ、と思ったんでしょう」



 頭に浮かんだのは、妹として、愛する女性として、ディアナのことを想っていたカイの顔。


 そうだ。彼のためにも、やはりディアナと共に戻らなければ。



「ディアナ王女。何としてでも帰りますよ!」



 力強くそう言ったアリシアは、睡眠薬入りのハーブティーをトレイに載せ、操縦室へと向かった。



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