船上ティーパーティー 中編
ディアナが痛そうに小さな呻き声を上げた。
どうにか顔を向けると、カーラがディアナの腹部に蹴りを入れていた。
「いたい……」
「母さんの人生を狂わせた家の娘が!生き残った上に王女として贅沢三昧の日々を過ごしている?たかが失恋しただけで恋敵の存在を消そうと計画するような女が?ふざけんじゃない」
「やめ……て」
「だから計画を乗っ取らせてもらったのよ。安心してください。ディアナ様のことをすぐに殺すようなことはしません。言葉も通じないようなどこか遠くの知らない国で、辛く惨めな思いをしながら生きてみれば良いんだわ。その後で殺してあげる」
ディアナの綺麗な服に、靴底をグリグリと繰り返し押し付けた後、カーラはふーっと長く息を吐いた。
「まさか二回同じ話をさせられるとは思いませんでしたけど。まあ良いです、どうせ船旅は長いんです。せいぜいゆっくり楽しんでください」
アタシはこれで、とカーラは眼鏡を軽く押し上げて、アリシアたちに背を向けた。
後ろではディアナがすすり泣く声が聞こえる。
アリシアは目を閉じ、思い切り息を吸って、去っていくカーラの背に向かって大きな声で言った。
「ねえ、のどが渇いたわ」
カーラはピタリと足を止めてその場で振り返り、面倒そうに答えた。
「ああ、はい。水を持ってきます」
「嫌よ。美味しいお茶が飲みたいわ」
「え、そこ注文付けます?」
「できたらハーブティーが良いわね」
「ええ……」
笑顔で言うアリシアに、カーラはため息をつく。
「あの、アリシア様。あなた今拘束されてるんですよ。変にわがまま言って、もしアタシが水を持ってくるのすら拒否したら……とか考えないんですか?」
「こんな暑いなか水すら飲めなかったら脱水症状で死ぬかもしれないわね。でもわたしはこの船の人たちにとって、人質もしくは“商品”でしょ?殺すわけにはいかないじゃない」
「まあそうですが」
「あとわたし、毎日必ずハーブティーを飲まないと美しさを保てない体質なの。美しくなくなったら価値は下がるわよ」
「……んな体質あってたまりますか!」
思わずツッコミを入れたカーラ。
わしゃわしゃと頭をかいて、諦めたように「わかりましたよ」と目を細める。
「ハーブティーですね。積んでる荷物の中に少しぐらいあるでしょ。王宮のお茶係としての名に恥じない美味しいハーブティーを淹れますから大人しくしていてくださいよ」
わかったわ、とアリシアは元気よく答え、それからまた思い出したようにカーラを呼び止めた。
「ねえ、せっかくだから、この船に乗っている人たち全員分淹れてちょうだい。彼らを皆ここに集めてティーパーティーをしましょう!」
「はい?ティーパーティー?」
「ええ。船上のティーパーティーって素敵じゃない?」
「こんなボロ船でやっても別に素敵じゃないですよ。面倒くさいですし」
「だけどわたし、大人数でわいわいティーパーティーをしないと美しさが保てない体し……」
「ああもう!わかりましたよ!」
今度はアリシアが最後まで言う前に遮られる。
「まったく、何なのティーパーティーって……貴族のお嬢様の頭ってどうなってるのよ。これからどこに連れていかれて何をされるのかもわからないのに呑気すぎない?頭お花畑なの?」
ぶつぶつ呟きながら、カーラは立ち去って行った。
アリシアは、ほっと息をつき、まだすすり泣いているディアナに声をかけた。
「ディアナ王女。いつまで泣いているつもりですか?」
「だって……」
「ショックなのはわかりますけど、泣いたところで解決しませんよ」
「じゃあ泣くのを止めれば解決するとでもおっしゃるんですの!?」
声を荒らげたディアナが食ってかかる。
「そもそも貴女はどうしてそう落ち着いてるんですの!?これからどうなるのかわかりませんのよ!なのにこんな時にお茶って!」
「お茶を飲んだら、きっと少しは気持ちが明るくなりますよ」
「適当なこと言わないでください!ああ、わかりました。貴女はもう自分がどうなっても良いのだと諦めているのですね。私はそんな気持ちにはなれませんわ」
「いいえ。わたしだって諦めているわけではないですよ。この状況がかなり不味いものだというのもわかっています」
それに、落ち着いているように見えるのなら、それはそう見えるだけだ。これでも本当は怖くてたまらない。
先ほど無遠慮に触れてきた男のことを思い出し、これから自分がどうなってしまうのかと考えたら、ゾッと悪寒がする。
「だけど、不安を口にしていたらどんどん不安が増していくばかりです。ねえ、ディアナ王女。今すぐ泣き止んで、カーラがお茶を持ってくるまでお話しましょう」
きっとカーラのことだから、驚くほど美味しいハーブティーを持ってくると思いません?
アリシアはそう言って、ニヤリと笑った。
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