兄妹の真実 前編



 その女協力者を無言で睨みつけた後、アリシアは驚きと怒りの混じった声で、その名前を呼んだ。



「カーラ……?」



 ルリーマ王国の王城でお茶係として働く二十代前半くらいの女。

 アリシアの愛読書の作者であるジル・ブラントの娘であり、分厚い眼鏡がトレードマーク。

 前に会った時に着ていたのは他のメイドより少し立派なメイド服だったが、今はシンプルなグレーのワンピースを着ている。雰囲気もどこか落ち着いた感じだ。



「カーラ!この縄を解いてちょうだい」



 ディアナが甲高い声で訴えた。

 しかしカーラはそれをちらりと一瞥しただけで視線をアリシアに戻す。



「あんまり気分の良い目覚めってわけじゃなさそうですね。まあ、当たり前ですね」


「何のつもり?」


「申し訳ないです。アタシとしてはアリシア様に個人的な恨みはないんですけど」


「質問に答えて。いったい何のつもり?」



 強い口調で問うも、カーラは特に気にする様子もなく、微笑を浮かべたまましゃがんでアリシアに視線を合わせた。



「アタシの目的はあなたではなく、こっちです」



 そう言って指さしたのは、ディアナだった。



「アタシの目的はこの女ディアナ王女の誘拐」


「え?」


「アリシア様かどわかしたのは、あくまでこの女に協力するふりをするためだったのですが、丁度いいのでこの船に乗るための運賃になってもらうことにしました」


「……つまり、ディアナ王女をどこか遠くに連れていくため、裏で運び屋をしているこの船に乗った。その運び屋への報酬がお金の代わりにわたし……ってこと?」


「さすが、理解が早いですね。身代金を請求するなり、どこかの金持ちに売るなり……あなたなら結構なお金になりそうですからね」



 カーラはアリシアの反応を楽しむかのようにニコニコしている。

 この前紅茶の話をしていたときの彼女とはまるで別人のようだ。

 それに、そもそも何故ディアナを誘拐しようとしているのかがわからない。



「ディアナ王女のことが可愛くてたまらないって……前はそう言っていたのに」



 ディアナのことが愛おしくて、その想いのあまり独り占めしたくて誘拐した……などというわけではなさそうだ。それはカーラがディアナに向ける冷えた目つきから感じられる。



「そうですね。可愛くて仕方なかったです。──彼女が本当の王女であると信じて疑わなかった頃は、ですけど」



 突き放すような言い方から、ディアナへの憎しみのような感情がにじみ出ている。

 カーラは薄く目を瞑り、アリシアに言った。



「アリシア様は、母さんの自伝小説を読んだことがあるっておっしゃってましたね?」


「え?ええ……」


「あの本に、娘であるアタシのことは書いてあるのに、夫のことは少しも書かれていないと思いませんでしたか?」


「……言われてみれば」



 アリシアは何度も読んだ本の内容を思い出し、こくりとうなずく。



「アタシは、母とある貴族の間に生まれた隠し子なんです」


「ある貴族?」


「アリシア様はご存知ないかもしれませんが、この国ではちょっと有名な家です。……クラム公爵家。アタシの父親はそこの当主でした」



 驚いて目を見開いた。

 クラム公爵家。その家の名なら知っている。

 およそ15年前、屋敷が全焼するほどの大火事で、その一家全員が亡くなったと伝えられている……と姉から話を聞いた。


 そして──



「嘘……」



 ディアナの震えるような声が聞こえた。



「嘘ではありませんよ」



 カーラはその反応を見てどこか満足そうに笑い、ゆっくりディアナの前まで行く。



「やっぱり知っていたんですね。そうです、つまりアタシとディアナ様は、異母姉妹に当たるんですよ」






『カイ様が本当に好きなのは、わたしではありません。あなたが本当に好きなのは──恋をしている相手は……あなたの妹、ディアナ王女……なのではありませんか?』



 カイと二人で出かけたあの日。

 ハイビスカスティーを飲みながら、話をしていたアリシアは、カイにそう問うた。


 アリシアにまっすぐ見つめられたカイは、ピクリと眉を動かすと声を上げて笑う。



「はは、何を言い出すかと思えば。俺はディアナの兄だぞ?そりゃあディアナのことは好きだが、それは妹として……」


「目が泳いでますよ」


「うっ……」



 指摘され、カイは言葉に詰まった。

 その反応がすでにほとんど肯定しているようなものだったが、しばらく黙った末に改めて言った。



「俺はわかりやすいのか?」


「まあ、わたしが気付くくらいには」


「そうか……いや、だが普通に考えて実の妹に恋をしている、などと疑うものか?」



 アリシアはギュッと唇を結び、少し考える。


 今から言う話は、ただの状況証拠を元にした推論であり想像。全くの検討はずれなら、好きなだけ笑ってほしい。

 そう前置きして話し出したが、正直に言えばカイの想い人がアリシアでなくディアナであることは、ほぼ確信していた。


 確信が持てないのは、その続きだった。



「……もちろん世の中には、血の繋がった家族を相手に、恋愛感情を抱いてしまう人だっているのかもしれません。ですけど、カイ様は違いますよね?」



 アリシアは、ハイビスカスティーの入ったティーカップを持ち上げて、目線の高さまで上げた。



「カイ様とディアナ王女はそう──言うなれば、観賞用の赤いハイビスカスとローゼルなのではありませんか?」


「ハイビスカスと、ローゼル……?」



 不思議そうに首をかしげたカイだが、やがてハッと何かに気づき、顔色が変わる。



「お二人はご兄妹ではない。ディアナ王女は、王妃様の親戚である、クラム公爵家の娘なのでは?」



 言ってからアリシアはゴクリと唾を飲み込んだ。

 そもそも、持ち前の好奇心で真実を確認したいと思ってしまったが、良くなかったのではないか。この時になって後悔が頭をかすめた。



「……ハイビスカスティーというのに蓋を開けてみれば違う植物ローゼルであるこのお茶と、王族であると信じられていながら実際はただの元貴族令嬢であるディアナ、か。上手く例えたものだな」


「ではやっぱり……」


「ああ。どうして知っている?」



 アリシアはまず、数日前にレミリアから、15年前に起きたクラム公爵家の火事の話を聞いたと話した。



「その火事で一家全員死亡。そう伝えられているようですね。だけど今日、ある日記を見つけたんです」


「日記?」


「はい。今姉夫婦が住んでいる家は、もともとクラム家の持ち家の一つだったそうです。その頃からあったと思われるクローゼットの奥から出てきた、クラム家の使用人による日記です」



 アリシアはこの日カイが訪ねてくる直前まで読んでいた日記を思い出しながら言う。



「その日記に書いてあったんです。『火事の現場にいた使用人の一人が、生まれて間もないお嬢様を抱え、命からがら逃げてきた』と」


「そんな日記が……」


「はい。だけど何故かその赤子の行方については語られていませんよね。でも、その日記は信憑性が高そうですし、彼女はきっとどこかで生きているのでは……と思いました」


「どうしてそれがディアナと結びついた?」


「まずは年齢。火事が15年前なら、その赤子は現在15歳。ディアナ王女の年齢と一致します」


「15歳の少女など、探せばいくらでもいるぞ?」


「はい、もちろんそれだけではありません。あの日記に、公爵夫人の容姿を褒め称える内容も書かれていました。茶色に近い金髪に、蜂蜜色の瞳。ディアナ王女と同じです」



 文字でそう書いてあっただけなので、本当に夫人がディアナと似ているのかはわからない。前世のように写真などがあればよかったが、残念ながらそれもない。



「……瞳の色は俺もディアナと似ていると思うのだが」


「ええ、よく似ています。だけど逆に、瞳の色以外は全然似ていないな、と初めて王女を見た時から思っていたんです」


「それはよく言われる。俺と、アリシア殿は会ったことないだろうが兄はよく似ているんだ。だがディアナは似ていない」



 カイは腕を組み、諦めたようにふっと笑った。


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