目撃情報


 城の使用人総出で、行方のわからなくなったディアナたちの捜索が始められた。

 しかしディアナもアリシアも一向に見つかる様子がなく、イルヴィスは次第に苛立ちが募っていく。

 「姿が見えない」などと騒ぐのは大袈裟で、すぐ何事も無かったかのようにひょいと顔を出すのではないか……という期待は見事に裏切らたようだった。



(今朝あのまま、アリシアを部屋に引き止めておけば良かった)



 そんな後悔が頭を過ぎる。


 久々に触れた彼女の手の感触を思い出し、息を吐きながら自分の手を見た。



「イル!外に探しに出ていた者たちから知らせが入った!」



 あちこちを走り回りながら探していたらしいカイがイルヴィスの方へ駆け寄ってくる。

 肩で息をしながら叫ぶカイの表情は、少し厳しかった。



「今朝、港付近で外套を着て顔を隠した、女と思しき三人組を見たという情報がいくつかあった。そのうちの一人はぐったりとして別の人物に背負われていたらしい」


「確かに少し怪しいな」


「ああ。それでその背負われていた女は──ターコイズブルーの髪をしていたらしい」


「!」



 アリシアだ。


 イルヴィスは今すぐにでも目撃情報があったという港の方へ向かいたい衝動をこらえながら、なるべく冷静さを失わないよう落ち着いて問う。



「そのターコイズブルーの髪の女がアリシアだとして……あとの二人は?」


「断定はできないが、タイミングからして恐らく一人はディアナだろうな」



 やはりか。イルヴィスは思わず唇を噛む。


 イルヴィスに想いを寄せていたと告白し、拒否されたディアナにとって、アリシアはいわば恋敵。その上軽率にも、昨夜「アリシアを愛している」とディアナに断言してしまったような記憶がある。

 果たしてあのディアナが、アリシアに何も仕掛けないと言えるだろうか。


 カイには言っていないが、ノアからアリシアが行方不明であると聞いてから、ずっとその可能性を疑っていた。



(ぐったりしていた……薬か何かで眠らされていたのか?)



 いったいアリシアをどうするつもりなのか。


 港にいたということは、船に乗せどこか遠くへ連れ去ろうとでもしているのか。



「カイ、もちろん探しに行くよな?」


「当たり前だ。だが港から海に出たとすると、捜索範囲がずいぶんと広くなるな……」



 カイは顔を曇らせる。



「海には出ずに、港近くのどこかの建物にいるという可能性もあるし、それなら捜索しやすいのだが……」



 カイは考えた後、すぐ王家の所有する船を可能な限り動かすよう指示を出した。

 港を出入りする船の数は膨大だが、航路はだいたい決まっている。気の遠くなる作業ではあるが、それらどうにか確認するつもりのようだ。逆に航路を外れるような船があればそれに狙いを定められる。



「私も船のどれかに同乗しても良いだろうか」


「ん?」



 イルヴィスが問えば、カイは一瞬渋い顔をする。



「だめだ、海は危険も多い。友好国の王子の身に何かあったら色々と……」


「お前にだけは言われたくないな。私の国で倒れて飢え死にしかけたやつはどこの誰だ」


「……もしかして俺か?」


「もしかしなくてもお前だ」



 イルヴィスがそう腕を組むと、カイは肩をすくめ苦笑した。


 それからイルヴィスをまっすぐ見つめる。



「しかし、お前が同行したところで、動かせる船の数は変わらないのだから、アリシア殿を見つけられる可能性が高まるわけでもないぞ?」


「わかっている。だが……大人しく待っていられそうにないからな」



 カイが目を見開き、小さな声で「お前、変わったな……」と呟いた。


 カイの言わんとしていることはわかる。前までの自分なら、意味がないとわかっている行動は絶対にとらなかった。



「変わった、か。褒め言葉だと受け取っておこう」


「はは、実際に褒めているつもりだ。……ではそうだな、俺とお前も同行できるよう話をつけてくる」



 そう言ってカイは踵をかえす。


 だが、その足は走り出す前に、一人のメイドがおずおずと話しかけて来たことによって止められた。


 そのメイドの顔色は、ずいぶんと悪い。



「あの、カイ殿下……。少し、お耳に入れておきたいことがありまして」


「何だ、急ぎか?」


「っ……はい」



 顔色の悪いメイドは、うつむき加減で「実は……」と話し出した。


 声が小さく、彼女の声が直接は聞こえなかったが、カイがすぐに驚いた声を上げたので、内容はすぐにわかった。



「何っ!?ディアナに頼まれてアリシア殿を庭に呼び出した?何故だ!?」



 コクコクとうなずく顔色の悪いメイドに、カイは感情的に詰め寄ろうとするので、イルヴィスはポンとカイの方をたたく。



「カイ、彼女が怯えている」



 それから、極力穏やかな声で尋ねた。



「詳しく聞かせてもらえるか?」


「は、はい……」



 少しだけ落ち着きを取り戻したらしい彼女は、それでも少し震えながら話す。



 それによると、ディアナは今朝早くに、彼女を含め数人のメイドに対し命じたらしい。


 アリシアを探し、見つけたら、話したいことがあるから庭のハイビスカスが咲いている場所あたりに来るよう伝えてほしい、と。


 アリシアを呼び出したことに関して口外しないようにと言われていたが、当のディアナまで姿を消してしまい怖くなったそうだ。


 ディアナがアリシアを呼び出していたという確かな証言。イルヴィスは、さらなる情報が得られないかと重ねて問う。



「ディアナは他に何か言っていなかったか?例えば、話をした後アリシアを連れてどこかへ行くつもりだ……とか」


「い、いえ。特には」



 さすがにそこまでこのメイドに話してはいなかったか。少し落胆しつつ、それから、港での目撃情報は三人であったことを思い出す。

 アリシアとディアナ、残りのもう一人が誰かわからないだろうか。



「ディアナが命じた時、彼女は一人だったか?」


「いえ……ディアナ王女はお一人ではありませんでした」



 答えながらメイドはゆっくりと首を振る。



「その時、ディアナ王女は何故か……お茶係のカーラさんと一緒でした……」




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