兄妹の真実 後編
「他には?ディアナが本当の王女ではないとどこから疑った?」
「ええと……今さらですけど、こんな話をわたしにして大丈夫ですか?」
「本当に今さらだな。まあ大丈夫だ、あなたはこれを知ったところで言いふらしたりしないだろう?」
「もちろんです」
こくりと力強くうなずく。それからハイビスカスティーで口を潤しつつ、また話し始めた。
「国王様がディアナ王女を他国へ嫁がせようとしない、という話がありましたね。その話も少し違和感がありました。普通は望まれているなら他国に嫁がせた方が、その国との繋がりもできますし、良いはずです」
国王が娘のディアナを可愛がっているため、他国へやるのが惜しいと思っている……という可能性もあるが、アリシアは別の可能性を考えた。
「国王様は、ディアナ王女の嫁いだ先で、何かの間違いにより彼女が本当の王女ではないと知れて、トラブルになってしまうのを恐れているのではないかと思いました」
王女として送られてきた女が、本当は王族でなかったとなれば、少なからず問題は起きるだろう。
嫁がせようとしていた信頼する家臣とはつまり、本当のディアナについて知っている者という意味ではないだろうか。
「そうだな。俺も恐らくそうだろうと思う」
カイは神妙にうなずき、目で続きを促す。
「あとは、使用人たちの間に流れたという噂ですね。当時、王妃様の子は死産してしまったのではないかと不穏な噂が流れたそうですね」
「ああ」
「それがただの噂ではなく、事実だったとしたら……。それが例の火事のタイミングと同じなら、クラム公爵家の娘をまるで無事に産まれた我が子のように偽ることができるのではないかと」
「想像力が豊かだな。……だが、その通りだ」
ふーっと息を長く吐いたカイは、ゆっくりと話し出した。
「当時は俺もまだ幼かったはずだが、あの頃のことはよく覚えている」
王妃とクラム公爵夫人は、はとこに当たり、昔から仲が良く、交流もずっと続いていた。
妊娠した時期がほぼ同時で、お互いに励まし合う手紙のやり取りもしていたらしい。
しかしそんな折に、例の火災で、仲の良かった夫人の死が知らされた。
王妃はその知らせに受け、そのショックのあまり倒れた。その影響かはわからないが、その子どもも生きて産まれてくることはなかった。
幼かったカイも衰弱していく母の様子は恐ろしかったらしい。
火事から逃げ延びた使用人が、未熟な赤子を抱え城を訪ねて来たのは、王妃の子が死んだことがわかった翌日のことだった。
仲の良かったはとこと、自分の子どもを同時期に亡くした王妃は、はとこが遺した赤子を見て、泣き崩れた。
当たり前ながら、正常な精神状態ではなかった。一日中その赤子の前で泣いた末、突然「この子は私の子だ」と訴えだしたらしい。
夫である国王や専属医は、必死に説得したが、王妃は自分の子なのだと言い張り、終いには「この子が私の子だと認めないなら死んでやる」とまで言い出した。
王妃のことを深く愛している国王は、精神の参っている王妃が、本当に自ら命を断ってしまうのではと恐れ、この様子を見ていた者たちに固く口止めをした上で、王妃の望みを受け入れた。
そして、その赤子には、王妃の本当の子が女だった場合に付けられる予定だった、「ディアナ」という名前を付けた。
「ディアナを抱えて城を訪ねてきたクラム家の使用人には、多額の金を渡し、どこか王都から離れた場所へ行くように命じた。それからクラム家の家々に残っていたディアナについての記録などは片っ端から処分したはずだ……ったんだがなぁ」
まさか、まだ使用人の書いた日記があの屋敷に残っていたとは……とカイはため息をついた。
ディアナの正体を知る人物は少数であるため、その証拠を探すのには幼かったカイまでも協力していたらしい。現在ハーリッツ家が買い取りレミリアたちが住んでいるあの屋敷にも、何度か来たことがあったそうだ。
「そういば屋敷に何度か来たことがあるようなことをおっしゃってましたもんね」
「ああ。今日久しぶりに訪れて、何だか懐かしかった!」
カイは悪戯っぽくそう言って、それから思い出したように首をかしげた。
「そういえば、俺が何故、あなたのことが好きなどと嘘をついたのか……というのは聞かないのか?」
すっかり忘れていた。だが何となく予想はつく。
「カムフラージュですか?『隣の国で出会った女に恋をした』ということにしていれば、本当の想い人の存在を誤魔化せますし、結婚するよう周囲に言われた時に断る理由にも使えますから」
アリシアは言いながら、たぶん間違いないと思った。しかし、カイは微笑を浮かべながら首を横に振った。
「違うな。その程度の理由なら、もっと前に違う女性を相手にそのような話を作っていた」
「確かに……」
「あなたのことを美しいと思ったのも、興味を持ち、もっと親しくなりたいと思ったのも本心だ。……少し期待したんだ、あなたへの気持ちが恋ではないかと」
どこか寂しそうに、目を窓の外に向けながら言う。
「もしその気持ちが恋であれば、俺がずっと抱き続けていたディアナへの想いが恋ではなく、ただの家族愛だと自分に証明できる……そう思った」
「……」
「だが、あなたがイルの婚約者であると聞いた時、少しも残念だと思わなかった。むしろ、心の底から幼なじみを祝福できた。そのことが逆にショックだったんだ」
結局アリシアへの気持ちは恋愛感情ではなく、どちらかといえば友人として仲良くなりたいという気持ちだったと気づいた。
そして、同時にディアナへの想いが恋であると改めて実感させられる羽目になった。
「……なんて言っても、それがわかったところで何かできるわけでもない。ディアナは王女で俺の実の妹だと、国民も本人も信じている」
「カイ様はそれで良いのですか」
「良いも悪いも、そうするしかない」
「ですがっ……」
「アリシア殿」
カイはアリシアの声を遮るようにはっきりと名前を呼び、真剣な眼差しを向けてきた。
「アリシア殿、頼みがある。このことはどうか本人にも言わないでくれ。ディアナには、どんなに僅かでも自分が王女ではないかもしれないなどと疑ってほしくないんだ」
「それは……ディアナ王女をこの先もずっと騙し続けるということですよね?」
「騙す。そうなるな。だがあいつには、何も知らず幸せに生きていてもらいたいんだ」
妹の幸せを願う兄としての気持ちか、愛する女の幸せを願う一人の男としての気持ちか。
いずれにしろ、彼の真剣な思いを無下にする理由などなかった。
「わかりました。それにそもそも、わたしがディアナ王女にそんな話をしたところで、彼女が信じるはずありませんよ」
「はは、確かにな」
声を上げて笑うカイの表情はどこか晴れ晴れしている。
絶対口外してはならない秘密。だが、そんな秘密を持ち続けるのも辛かったのだろう。
気付いたのがあなたで良かった。カイは聞こえるか聞こえないかの小さな声でそう呟いていた。
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