異変
■
アリシアがいない。
そのことに最初に気がついたのは、侍女のノアだった。
昨夜この城に戻ったアリシアは、「すぐに戻るから」と言って、部屋を出て行った。
ノアはしばらくは待っていたのだが、いつの間にか眠っていたようで、起きたときには朝だった。それなのに部屋にはノア一人で、アリシアが帰ってきた様子がないのだ。
昨夜アリシアが行っていた場所は予想がついていたため、「朝になっても帰らなかった」という事実に少しドキリとしたが、冷静に考え直すと、アリシアを目の敵にしているこの城の使用人たちにまたしても嫌がらせをされたのではないかと思い至った。
嫌がらせで、どこかの部屋に閉じ込められでもしているのではないか。
前にも一度、その時はグランリアの城でそのようなことがあった。アリシアが第一王子であるイルヴィスと婚約したのが気に入らないらしい、サラとかいう公爵家の令嬢にされた嫌がらせの一つだ。
(まだそうと決まったわけではないけど……)
だがその可能性を考えてしまった以上、いても立ってもいられず部屋の外に出た。
だが、どこをどう探せば良いのかわからない。
周囲に目を配りつつあちこちを歩き回るノアは、傍から見ればかなり不審なようで、こちらを見る城の使用人たちの目は一様に訝しげだ。
そして、とうとう後ろから声をかけられた。
「何をしている?」
もうだいぶ聞き慣れた、凛とした声。
振り返ると、いつどの角度から見ても美しいアリシアの婚約者が、その緑の瞳をノアに向けていた。
「イルヴィス殿下」
ノアは慌てて頭を下げ、それから焦った声で尋ねる。
「あの、アリシアお嬢様がどこにいらっしゃるかご存知ありませんか?」
「いや……いないのか?」
「はい。昨夜からずっと見当たらなくて」
「今朝早くまでは私の部屋にいたが……」
「えっ」
「あっ、いや……昨夜少し体調を崩してな。看病してくれていたらしいんだ。お陰で今朝には回復した」
「ああ、そういうことでしたか……」
ノアは少しほっとするが、同時に「今朝早くまで」という言葉に、今はそうでないことを察する。
その証拠に、イルヴィスの顔にもわずかに焦りのような色が浮かんだ。
「一人でどこかに出かけたという可能性は?」
「なくはないと思いますが……」
ハーリッツ家に泊まっていた間に満足のいくまで街へ遊びに出ていたし、可能性としては低いような気がする。
「まさかディアナが何か……」
イルヴィスがノアにはよく聞こえないような小さな声でボソリと呟く。
「私も探そう。この城も広い。案外どこかで迷ってしまっただけかもしれない」
「はい。ありがとうございます」
彼のありがたい申し出に礼を言い、再び捜索を始めようとしたときだった。
「イル!」
廊下の向こうから、青い髪をしたこの国の王子が走ってきた。
こちらも何やら思い詰めたような表情をしている。
「カイ?どうした」
「なあ、ディアナがお前のところに行っていないか?」
「……今日は一度も見ていないが」
「そう、か」
イルヴィスの答えを聞いたカイは、あてが外れたというように顔を曇らせる。
「あの、何かあったのですか?」
思わずノアが聞くと、カイはぐしゃりと頭をかいて言う。
「いないんだ……どこにも」
「いない?」
「いつもディアナの身支度をしているメイドが今朝部屋に行ったところ、ディアナがいないと騒ぎ出したんだ」
ベッドは冷たく、ずいぶん前に起た様子だったらしい。今までこんなことはなかったそうだ。
「今城中の者が捜索にあたっている。イルのところにもいなとなると他に心当たりが……」
「あの、カイ王子。実は……」
ノアはアリシアのことについても説明する。
それを聞いたカイは、「なにっ」と目を見開いて、ガシガシと頭をかいた。
「アリシア殿まで……」
「カイ、とにかく二人を探そう。誰か一人くらい二人の姿を見た者がいるかもしれない」
「ああ、そうだな」
城の者に片っ端から話を聞いてくる。カイはそう言ってまた走って行く。
(どうか何事もありませんように)
奇妙な胸騒ぎを覚えたノアは、そう祈らずにいられなかった。
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