噂と証言と仕返し 前編


「今回のお茶会、突然ですわよね」


「ええ。招待状が届いたときは驚きましたわ。第一王子自ら開催されるお茶会なんて、妃候補探しのとき以来ですもの」



 王宮の庭園にて。きらびやかな衣服に身を包んだ令嬢たちが多く集まっている。


 イルヴィスが主催するというお茶会への招待状が各家に届いたのはたった二日前のこと。

 王宮で開かれるお茶会といえば、第一王子の妃探しが誰の記憶にも新しいが、今日はあの日と異なる点がある。参加者の人数だ。


 前は一部の有力な家の令嬢だけが参加していたが、今回はもっと多くの家に招待状が送られており、さらに年頃の娘に限らず色々な人がいる。


 突然の催しとしてはかなり規模が大きい。



「ねえ、あの噂はやっぱり本当なのかしら」


「噂?」



 ヒラヒラとした可愛らしい装いの話好きな令嬢。彼女が仲の良い別の令嬢に興奮気味に話す。



「殿下は婚約者を一応は選んだけど、あまり上手くいっていないらしいの」


「ええ、そうなの?確かお相手は……」


「アリシア・リアンノーズ様よ。ほら、美人だけど少し変わり者の」


「ああ、薬草好きだっていう」


「そう。聞いた話では王宮で働いていたメイドを毒草の実験台に使ったらしいの。そのあたりがきっと殿下のひんしゅくを買っているんだわ」



 彼女は声をひそめることを忘れ、少し目を輝かせながら続ける。



「婚約破棄も時間の問題かもしれないわ!」


「夜会のときは仲睦まじい様子でしたのに……。ならこのお茶会は、新しい妃候補を探す狙いがあるのかしら?」


「きっとそうだわ。あちこちでそんな話を聞いたもの」


「それなら、私たちにもまだチャンスがあるのかもしれないのね!」



 盛り上がる彼女たちの後ろ辺りでお茶菓子を物色していたアリシアは、その会話に思わず苦笑いする。



(うーん……全部聞こえてるんだけどなあ。わたし、そんなに影が薄いのかしら)



 皆の憧れ第一王子の婚約者という立場上、同年代の令嬢に良い噂をされていないことは覚悟していたが、実際に聞くと少しヘコむ。


 話が聞こえていたことが彼女らにバレると気まずくなりそうなので、アリシアはその場をそっと離れる。



(ていうか、毒草の実験に王宮のメイドを使ったって……いったいどこの狂科学者マッドサイエンティストよ)



 ずいぶんと誤解と偏見に満ちた噂が広まっているような気がする。

 アリシアのことを直接知らない人たちの中で、いったいどのような人物像が思い浮かべられているのだろう。



 アリシアは先ほどの彼女たちから距離ができたのを確認し、再びお茶菓子に目を向ける。



「お嬢様、こちらにいらっしゃいましたか」



 ブルーベリーの入ったマフィンに手を伸ばしかけたとき、ノアが駆け寄ってきた。



「美味しそうなお菓子ばかりだから目移りしてね。それで?」


「はい。確かにサラ嬢も父親の公爵と共に参加しています」


「そう。心配はしていなかったけどとりあえず安心ね」


「それからその……セシリア様もいらっしゃってました」


「え……セシリア姉様も?」


「妹の計画を最後まで見届けたいそうで」


「まあ、セシリア姉様には情報集めやその他もろもろ協力して頂いたしね。」



 後で挨拶に行っておかないと。そう呟いてマフィンをかじると、また一人アリシアに近づいてきた。


 周りを気にしながらこそこそと動く黒髪の美少女。ニーナだ。



「アリシア様、準備できました。確認してもらって良いですか」


「ありがとう、助かるわ」


「……って、よくお菓子なんて食べられますね。緊張しないんですか?」


「しているけど食欲は別問題。王室御用達のお茶菓子が集まってるんだもの。食べられるだけ食べておかないともったいないでしょ?」


「うーん……伯爵家のご令嬢とは思い難い発言」



 ニーナともあの日以来、本当の意味で打ち解けることができたように思う。同じ前世の記憶を持つ者だというのが大きいのだろう。


 ただ──



「あなた、アリシアお嬢様への口の聞き方をもう少し正すべきではなくて?」


「ちょっとノア……」


「お嬢様はあなたのことを簡単にお許しになってしまったらしいですが、わたくしは決して許していませんから」



 ノアは鋭い視線でニーナを睨みつける。ノアはアリシアのことを陥れるような真似をしておきながら平然としているように見えるニーナのことが腑に落ちないらしい。


 ニーナは気圧されたように口をつぐみ、目をそらした。



「ノア、ありがとう。でも大丈夫だから。ニーナさんもごめんなさいね。ノアはわたしの不甲斐なさに怒っている部分もあるし、そんなに気にしないで」


「いえ……そちらの方がおっしゃる通り、アリシア様はもっとあたしを責めて良いのです」


「もう、貴女までそんなこと言って……」


「あ、アリシア様、それです」



 ニーナはアリシアの言葉を遮るようにして指さした。その先には、大きめのポットが乗ったテーブルが設置されている。


 アリシアはテーブルに近寄り、ポットの中身を見て、匂いをかぎ、満足気にうなずいた。



「良い感じね。場所も障害物が少ないから遠くにいても見えそう」



 アリシアは鼻歌が聞こえそうなくらいに機嫌よくポットの中身をカップに注ぐ。


 そしてそれをニーナに手渡した。



「ニーナさん、味見お願い」


「っ……はい」



 ニーナは意を決したようにカップの中身を飲み干した。

 その表情を見て、アリシアはニヤリと笑みを浮かべる。



「味は完璧ね。じゃあとりあえずもう一杯」


「……よろこんで」



 ニーナの持つカップに二杯目のお茶を注いだとき、にわかに周りがザワリとした。


 その理由はすぐにわかった。



「イルヴィス殿下だわ」


「今日も素敵……」


「あの冷ややかな瞳がまた良いのよね」



 先ほどまで談笑していた令嬢たちが一斉に現れたイルヴィスに注目する。頬を染めつつ、各々がため息と共に呟き合う。



「ねえ、殿下が新しい妃候補を探しているという噂が本当なら、もっと積極的にアピールしにいくべきかしら」


「……緊張して私は少し無理かも」



 アリシアは彼女たちの会話に何となく耳を傾けながら、少し離れた場所にいるイルヴィスを観察する。予想通りならそろそろだろう。


 そのまましばらく見ていると、彼の元へ近寄る一人の令嬢と、それに寄り添うように続く中年男の姿が目に映る。


 今日も眩しいくらいにギラギラ華やかな出で立ちの彼女は、間違いなくサラ・ローラン令嬢だ。


 サラはイルヴィスに向けて優雅に一礼すると言った。



「イルヴィス様。わたくし、信じておりましたわ。貴方があの婚約を考え直してくださると」



 噂を信じきっているらしいサラは目を潤ませている。


 彼女に寄り添う男も大きくうなずいた。



「殿下。僭越ながら、娘は容姿も教養も申し分なく、国母としての素質も十分にございます。サラを殿下の婚約者に強く推薦したい」



 話の感じから察するに、彼がサラの父親であり、ローラン家の主なのだろう。


 イルヴィスは目を細め、「ほう」と呟きサラに目を向ける。



「教養がある、か」


「あの、殿下は夜会のときのことをまだお怒りですか?ですがわたくしは、反省してきちんと改心いたしましたわ。それよりむしろ……」



 サラは静かに目を瞑って開くと、不敵な笑みを浮かべ、アリシアのことを指し示した。



「自分の娯楽のために他人の命を軽く扱う人間の方が問題ですわよねえ、アリシアさん」



 どうやらアリシアがいることに気が付いていたようだ。これでわざとらしく存在をアピールする手間が省けた。



「何の話ですか?」


「あら惚けるの?王宮のメイドに毒を盛って瀕死にさせたという話、ここにいる方々も聞いたのではなくて?」



 サラが周りを見渡すと、何人かが「そういえば」と顔を見合わせる。


 サラはその様子に満足したらしく、得意げに続けた。



「機嫌が悪いとイルヴィス様の目が届かないところでそのメイドをずいぶん虐めたそうじゃない」


「そんなことしてません。いい加減なことを……」


「いい加減じゃないわ。だってそのメイド、偶然知り合ったわたくしに助けを求めてきたのよ。『アリシア様の嫌がらせに耐えられない。そのうち殺されるかも』って」



 サラは胸を痛めている、というように両手で胸の辺りを押さえた。振り返って「証人だってたくさんいるのよ。ねえ?」と誰かに呼びかける。

 そこには、五人のメイド服姿の女性たちがいた。そのうちの一人がおずおずと手を挙げる。



「あの、確かに見ました。アリシア様がニーナに掃除用の水をかけたり、階段から突き落としたりする場面を何度も……」



 彼女の証言に、他の四人も同意するようにうなずく。



「自分より下の身分だからと、他人をあんな風に扱う方に、殿下の妃になってもらいたくないです……!」



 様子を見ていた参加者たちが、第三者の証言にザワつき出した。


 アリシアは、人々の刺すような視線に強い侮蔑の感情が混ざっていることを肌で感じる。


 サラは軽く口角を上げると、今度はニーナを見た。



「ちょうど被害者もいるわね。言ってやりなさい、あなたがこの女にどんなに酷いことをされたのか」



 優しげにそう言われたニーナは、目に涙を浮かべうつむいていた。


 可憐で、誰もが守ってあげたいと思うようなヒロインオーラが遺憾無く発揮されている。


 そんな彼女が、ゆっくり顔を上げる。


 その目からは大粒の涙がポロポロと零れ落ちて──



いなかった。




 その代わりに、世の大勢の男性が一目で夢中になってしまいそうな魅力的な笑顔が浮かんでいた。



「あたしの同僚を、ずいぶんたくさん買収されたんですね、サラ様」


「……え?」



 サラは次に言おうと準備していた言葉を飲み込み、パチクリと瞬きをした。



「あたしはアリシア様に嫌がらせをされたことなんてありません」




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