第5話 誘導尋問のプロと「問拳部」
「それはそれは大したものだね。自費でこの高校を通う17歳何て、僕聞いたことないよ。あ、こっち左に曲がって。どうして転校して来たの?」
通りすがりの美少女A。
そう自称した、
正門でとある少女と出会い、呆然としていた俺にその躍動感に富む親切な口調で声がけた赤星さんは、どうやら神崎さんの使いらしい。
使いって言い方は不適切かもしれない。赤星さんもここの生徒だ。でもまあ、神崎さんと個人的な交流がある方とは思う。
「まあ……とどのつまり金だろ。それほど褒められた稼ぎ方でもなかったし、転校してきたのは……そうだな、学歴ロンダリング?」
「高校で学歴ロンダリング?!どんだけ不良高だったんですか?!」
俺の何気ない嘘に、思わず敬語になってしまった赤星さん。
「学生の半数は妊娠していた」
「それ共学校って話だよね?!つまり女子基本的に妊娠してんじゃん?!」
「童貞は神のごとく崇められていた。俺はヒエラルキーの最上位にいた」
「それ何てエロゲ?異次元にいるのその学校?絶対僕らと同じ時空にいないよね?」
「学校の中庭には伝説な木がいた」
「おお!ようやく来たね!青春要素!」
「そこで
「うんまあ!それもまあギリギリ青春と認めよう!」
「永遠に木の下で、狂気の殺し合いを続ける宿敵にね……ゾンビ化した奴らは、死ぬことさえも許されず……」
「サツバツ!」
「揉め事は基本的に麻雀で解決していた」
「ざわ……ざわ……」
「テストの点数など、轟盲牌のパワーでどうにでもなる」
「牌の表面を親指で削るあれが出来るんかい!ていうか教師もやるんかい!」
「共学校ならぬ驚愕校だな」
「うるせえやい!」
初対面の親切な人と漫才しながら、俺は廊下を歩いていく。
自分を語りたくないがためにここまでふざけるのは流石に礼儀がなっていないけど、赤星さんには謎の親和力があった。
何故か素の自分をさらけ出したい衝動を抑えるために、俺はそんな話をした。
目の前の、歩く動作につて上下に揺れるポニーテールを何となく眺めながら、俺は先ほど出会った少女のことを考えていた。
複数の矛盾によって構成されているような彼女。
白く、細く……そして何よりもしなやかで、強靭で。
「そこ退いて」
後ろから伝わってきた彼女の命令は。
「危ないぞ」
警告や脅しというより、何故か戒めのように感じた。
紅華よりも冷めた眼差しを見るのはいつぶりだろうか。瑠璃で出来ている仮面を被っているような、生気に欠いた表情。
それでも何故か、精錬された貴金属のようなその瞳に、俺は無機質な善意のようなものを感じた。
心臓が鷲掴みされた鈍い痛みが、今も木霊している。
「部長のことが気になるのか?」
忽然と、前から赤星さんの声が聞こえた。
「部長って?」
思考を断たれた俺は、数秒間その意味を理解できずにいた。
「うん。うちのボランティアの部活の部長だよ」
脳が一時停止した俺を見かねていたのか、赤星さんはまろやかな口調で解説してくれた。
「見たよ。校門のとこで声を掛けられたんでしょ?珍しいね、部長が自ら誰かに声を掛ける何て。あ、ここ右ね。階段上がって。紅城君、スカートの中覗いちゃダメよ」
赤星さんは軽やかに階段を跳ねるように上がりながら、左手でスカートの裾を抑えた。
「見ないよ」
俺は静かに返事した。
朝のパンツ爆撃を受けた俺はしばらくその単語を想起するだけで恐れおののく。
そして、しばらくの沈黙が訪れた。
何も踏み入って聞かない俺を見て、赤星さんはあくまでも笑顔を崩さずに、それ以上の情報をくれなかった。
それは優しさか、
「知り合い?」
静かな心の闘争を経て、俺は好奇心に屈した。
おもむろに歩みを止め、赤星さんは振り返って。
「
そして、謝った。
爽やかな笑みで謝った。
三回も。
「いやいやいやいや。そういった趣味趣向は一切ありません。偏食はいけません、by家訓。なにゆえそのような誤解を招いたのかは存じ上げませんが」
「まあまあ、それはもう相手を丸呑みにしたいぐらいの熱視線を社長に送っていたからね。恋バナは乙女の精神食糧。このような絶好のチャンスを逃すと乙女が廃る」
「違います。言ったことが気になって見ていただけです」
「ふむふむ。では紅城さんはロリコンではないと?」
「断じてそのような事実はございません」
「好きなタイプは?」
「面倒見がよく、でも同時に俺にだけ若干いじめっ子で、社交性に問題があって、料理の腕は微妙で、素晴らしき美脚を持ち、粘着するし理不尽な暴力を振るったりする女だ!」
違うんだ。
これはアンブッシュを喰らって、アイエエエと本音が漏れたとか、そういうことではないんだ。
いわば方便。ただの言い訳。
ロリコンと誤認されたら、エレガントな紳士たる俺はとても困るからな。
「とてもとても具体的なイメージだね。特定の誰かを形容していたのか?」
「違います。適当に言っただけです」
「理想的な交際の形は?」
「仲睦まじい兄妹のような!結婚してもお兄様と呼んでくれるような!」
違うんだ。
「今です」と伏兵を喰らって、「げーっ、孔明!」と思わず理想の未来図が漏洩したとか、そんなんじゃないんだ。
方便で言い訳なんだ。
ひかりげんじ?なにそれ、どこに生えている痔なの?
「紅城さんってもしかしたら妹が」
「紅城楠、十七歳。紅城家の一人っ子。好きな物は少しだけ肌の色が見える厚さのタイツ、嫌いなものは女子高生に黒パンツを販売する奴、好きでも嫌いでもない物は妹が作った明らかにジャガイモを入れすぎたカレーだよ」
「質問もまた言い終えてないのに」
「だから手のかかる十六歳の実の妹とかないよ」
「そっかー。でもね、何故か紅城君の危険度はさっきと比べて一万倍ぐらい跳ね上がった感じがするんだよね」
「それは間違いなく錯覚だよ赤星さん」
こやつぅ!危険だっ!
誘導尋問など卑怯千万!このようないやらしい行為は、法によって禁止にすべきだ!
「で、部長の話題に戻そうか」
両手を背後に握り合って、あざとく女らしい仕草をアピールする赤星さんは、小悪魔的な微笑みを見せると同時に、俺が言いあぐねていたことを先に提出してくれた。
さっきの漫才の数々抜きに、この人は肝心のところで自分の繊細な気遣いと労りの精神を誇示しているように思える。
助かってはいるが、どことなくしてやられたような感触を覚える。
ポイント稼ぎの魔人。そんな印象だった。
「ああ……そうしてくれると助かる」
とりあえず、感謝の意を示した。
「知り合いだよ、褄紅先輩」
赤星響は芝居掛かった口調で、大袈裟に喋りだす。
「むしろ、僕はこの学園の中でも数少ない、本当に彼女の『知人』と自称する資格を持っている一人だよ。あ、学園長室は突き当りにいるよ」
歩幅を俺に合わせ、前方ではなく並んで歩く中。
「同じ部活にいるもの。神崎学園長の横暴な命令によってね」
赤星さんは、しれっとそんな大事な情報を吐いた。
その瞬間、俺は目に見えぬ必然性の糸を感じた。
意味も分からずここへ転校して来たこと。
校門で褄紅ほたるという少女と出会ったこと。
今、赤星さんとこうして親交を深めていること。
仕組まれすぎた偶然は、そのフレイムから食み出し、更なる高みにて運命という諱を得る。
……などと中二チックな結論で皆さんの期待に応えてみた。
雑談部分も本編のシリアスな部分も余裕でこなせる主人公、紅城楠十七歳。
「部活の名前は何て言うんだ?」
「『助太刀部』だよ」
その瞬間、俺に電流走る……!
そうだ。これだ。絶対に間違いない。
「モンケンブ」とは何もかも違う発音をしていながらも、何故か俺には関連性を感じた。
あの男に関する手掛かりは、この部活に必ず存在している。
「変な名前だね。何をやる部活なんだ?」
「名前の通りのボランティア活動をしているよ。素敵な部活でしょ?僕たちのような人間が増えたら、日本は平和になるね」
……名前の通りの、ボランティア部活。
俺の直感は間違っていた、ということなのだろうか。
「俺みたいな人生の道に迷ってる転校生も助けてくれそうな素敵な部活だね。他のボランティア部活とどこか違うんだ?」
「何故かずっと昔から荒事に巻き込まれ易い印象があるなー。未だに存続していること自体がこの学園の七不思議の一つだよ。理由は分からないけど、夜の音楽室や女子トイレより、うちの部室の方が怖いって言う生徒もいるみたいだけど、何でだろうね」
……一ミリも穏やかではなかった。一体何を組織してんだ、神崎さん。
助太刀部は武闘派集団である。
このニュアンスはしっかりと分かったが、あの男の印象とは結び付かなかった。
「助太刀部は近年出来た部活なのか?活動内容がとても新しいんだが」
「いや、結構古い部活で、何回か名前と活動の細部のルールを変えたりしたと聞いたんだけどね。昔はバリバリの運動部で、何か格闘技的なやつをやっていたらしいけど」
「……旧部名を聞いても?」
「えっと、昔は
赤星さんは学園長室の重厚な赤銅色の扉の前に立ち止まり、振り返った。
その顔には確信犯的な笑みが飾られていた。
ある程度予想はしていたが、こう来られるとゾクっとするものがある。
「俺に選択する権利はあるのか?」
「それは、学園長次第かな」
そう言って、赤星さんは親切に扉を開けてくれた。
寒桜高校助太刀部 武篤狩火 @blackaillton
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