第5話 俺は君の夢

 個室の前で境は立ち止まる。水流も大人しく立ち止まる。さっきの山田のように堺も精気が無い、というか正気ではない。一日で二度、夢暴走ナイトメアと出会すは胡蝶学園でも珍しい。堺を刺激しないように俺は後ずさる。


 「トイレから出たら走るぞ」


 「…逃げるの?」


 「夢暴走ナイトメアだぞ、しかもあの水はどう考えても便器のやつだろ。あんなの被ったらメンタル的に死ぬ」


 「逃げってばっかじゃ話は進まないよ?」


 ウツツが笑う。


 「どういう意味だよ」


 「逃げるより境を殴ったほうが早い」


 ウツツが進み出る。


 「あの動画の堺くんと戦えるなんて夢みたいだね」


 お前も観たのか?と言いそうになった口を閉じる。俺が観たものは全てウツツも観ている。

 サカキンチャンネル最大再生回数を誇る動画『運動会を救ってみた』。運動会の競技中に突如降り出した雨、誰もが中止を覚悟した。しかし雨は校庭の上に見えない巨大な傘でもあるかのように弧を描きながら校庭の外へと流れ出した。

 後に運動会の救世主傘要らずのメシアとして呼ばれるその男こそ、今目の前にいる堺ジュンだった。彼が叶えた『夢』、それは水を操ること。

 その動画をはじめて観た時、俺はまだ夢を見る前入学前だった。


 「お前も水操れるの?盛りすぎだろ」


 俺と堺の間に進み出たウツツが振り返る。


 「サメルが願うなら、なんだって出来るよ」


 ウツツがニッコリと笑う。

 

 「俺はサメルの夢なんだから」


 ウツツが言い終わると汚水流が彼の後頭部に直撃した。


 「おい!早く願えよ!!」


 ウツツが叫ぶ。カッコつけようとしたのに台無しである。すでにブレザーもびしょびしょだ。


 「え?そういう感じなの???」


 願えたって、どうすれば。


 「じゃあ、俺が水を操ってるのをイメージして!!」


 ウツツが水を操る。水を操るウツツ。必死にイメージするが眼の前で水流の直撃を受けるウツツのせいで気が散る。なにしてんだこのイケメン。

 ウツツの金髪はすでに濡れてしっとりしている。普段はアホっぽくフワフワしているため、濡れて萎んだ今の髪型がひどく大人びて見える。首元に襟足がへばりついている。なんだか見ちゃいけない気がして目をそらす。ほっぺにも水滴がついてる。ウツツと目が合う。

 一瞬、何かが二人を貫いた。ウツツと俺の間に何かの通路が開いた。

 水が当たる音が止む。


 「遅えよ」


 ウツツは俯きながら笑う。そして背を向けて堺のほうに歩き出す。

 ウツツの影に有った水流は中空で制止している。境はそれを無表情に見つめている。なんで水が止まったんだ?このトイレでこの事態に一番驚いてるのは俺だろう。

 ウツツが眼の前に来ても堺はなんの反応も示さない。顔面を殴られ堺は床にすっ転ぶ。

 『夢』が覚めたせいで水流はバシャンと床に降った。飛び散る水飛沫が三人にかかる。うわっとウツツが驚く。


 「顔はかわいそうだろ」

 

 「これは汚水のぶんだから」


 寝転んだ堺をそのままにしてウツツが近づいてくる。


 「教室に戻る前に保健室寄っていい?」


 スラックスを引っ張りながらウツツが言った。


 「だったら堺も連れてこうぜ」

 

 俺はウツツと入れ替わるように堺に近づく。


 「やさしーねーサメルは」


 「俺が優しいってことはお前も優しいんだろ」


 ウツツは一瞬、痛そうに顔を歪めた。


 「そーだね」


 二人で堺を両脇から抱えあげて、三人で保健室を目指す。


 「お前、まじで水もコントロール出来るの?」


 「なんだって出来るよ。サメルが願うなら」


 それはいくらなんでも盛りすぎだ。


 「じゃあ、なんでお前はかわいい彼女に成らないんだ」


 「それはサメルが俺のこと大好きだからでしょ」


 ウツツは正面を見ながら言った。ほっぺたに髪の毛が何筋か付いていた。


 「俺はサメルの夢なんだから」


 その瞬間クソデカチャイムが鳴り響いた。また授業を受け損なった。

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彼女(金髪イケメン) ヤンバル @yanbaru9

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