第36話カトリーナ・ドレーブ公爵夫人

 別室にいた3人、ドレーブ公爵の部屋へとやってきた。

「お父様、屋敷の兵士達を動かしているようですが、どうかなさいましたか。」

 白々しく話しかけるアレク。アークとカトリーナは無表情で黙っている。


その顔を見て、ハッとしたドレーブ公爵。

「お前達、こうなる事を知っていたのか。何故言わなかった。」

「ドレーブ家当主ならこうなる事くらい見越して、対応すると判断しているからです。そんな事すらできないのなら、貴族社会で公爵家の地位を保っていけませんから。

 まさか、何の対応策も準備していなかったわけではないでしょう。もししていないのだとしたら当主たる器ではありませんね。今回の件への対応は、簡単な事です。

 お爺様の残してくださったものに、お父様は甘え過ぎていたのではないでしょうか。」


 ドレーブ公爵の父親は偉大だった。3大公爵家として3番手だった公爵家を2番手のロレーヌ公爵家と同等の立場まで押し上げた人物だ。勿論ドレーブ公爵も必死に努力したが、同じ公爵家子息としてバレット家の公爵子息と常に比べられ、低い評価を受けてきた。


 ロレーヌ公爵は別にいい。強い忠誠心と普通の貴族と同じ振る舞いが出来れば特に問題のないとされる家なのだから、ジャンのように酷過ぎる場合は除いて。


 だがバレット公爵は違う。

 バレット家は、代々高い評価を受け続けている公爵家だ。国内政治に外交、他家への配慮、領内の発展と領民達への還元、バレット家の子息令嬢達への教育等。様々な分野で活躍出来る人間を輩出する家として有名だった。


 そんなバレット家の子息と生まれた時から比較され負け続ける。

ドレーブ公爵はなんとしても彼より上の立場が欲しかったのだ。王太子の妻の父親になればそれが手に入るはずだった。夢中になりすぎて自分が冷静な判断を下す事が出来なかった事に気がついたドレーブ公爵。


 憑き物が落ちた様な表情になった公爵は自嘲するように笑った。

「そうだな、気付くべき事を気付かずに自分の欲の為に公爵家を貶めてしまった。その弊害がこの後出てくることだろう。

 自分の実力以上のものを強引に掴もうとしてしまったな。」


 公爵は黙って部屋を出て行くと、城に向かい王への謁見を求めた。

 王に会うと、今回の自分の勝手な行動により、男爵家に迷惑をかけた責任を取るとして公爵を辞任して隠居した。公爵家の当主はカトリーナに譲り、カトリーナは婚約者候補を辞退した。カトリーナの補佐に長男アレクがつくことになった。


 驚いたのは子供達だ。長男のアレクが当主になると思っていたのに。

だがアレクは笑いだした。涙まで流して大笑いしている。

「やるじゃないか、親父。そうくるとは思わなかったよ。なかなか良い考えだと思う。

俺達は結構裏の事もやってきたし、清廉潔白なイメージのある当主で他家との差別化にもなるしな。

 おめでとうございます。カトリーナ女公爵。これから当家を引っ張っていくのですから、期待していますよ。


 まずは学校を卒業してきてください。レティシア嬢はすでに卒業なさったでしょう。

その後は、アークの領主就任です。あそこの土地は野放しにしていたらすぐに犯罪者領になりますから。明日このふたつを終わらせます。後はカトリーナ様の婿選びですね。」


 突然の事についていけないカトリーナと違って、あっさりと態度を変えて自分の新しい立場に対応しているアレク。この人を補佐として使っていくのかと思うと大変そうだと思いながらカトリーナは気を引き締めた。


「ありがとうございます。アレクお兄様。

未熟な点も多いと思いますが、よろしくお願いいたします。

 明日卒業してまいります。アークお兄様の領主就任は今からやってしまいます。

お父様の引退による手続きなどもございますから。

 それから、今後当家は薬草や医療に関して力を入れて行きたいと考えています。」

「ええ、それは良い考えだと思いますよ。

 医療分野への貢献は、民の支持も高くなりますし、偉大な功績として当家の名前が刻まれますからね。医薬品は騎士団から民間まで幅広くかかわれる分野ですし。

 バレット家も医療分野に支援しています。支援だけで乗り出さないのは他家への配慮でしょうね。ここの匙加減を間違えると、当家が批判されて追い落とされます。

 ある程度の道筋をつけたら、他の者達に技術を広めて行くことが大切になるでしょう。」


「なるほど、私はまだそこまで考えて行動できません。

レティシア様なら、出来るのでしょうけれど。レティシア様は魔力量に関する研究は公表して色々な方の研究に利用してほしいと仰っていました。

 訓練の際はレティシア様に、色々な戦術や沢山のアドバイスを教えて頂きましたわ。」

 懐かしそうに語るカトリーナを見て、レティシアがしっかりと他家の令嬢と友好な関係を築いている事を知るアレク達。


「うん、レティシア嬢が凄いのは分かりますよ。

先にアークの領主就任をやってしまいましょう。紙一枚で終わりますからね。」

「そうだね、兄さん。書類を持ってくるよ。」

 兄達はカトリーナのレティシア話は長くなる事を知っていた。カトリーナの話を終わらせて事務手続きを行っていった。


 王弟にレティシアの婚約の話というか愚痴を言う為に、遊びに来ていたハワード。

ドレーブ公爵が次期公爵にカトリーナ場を指名したことを知って感心していた。

「ほお、初めてあの公爵を有能だと思ったよ。カトリーナ嬢なら不始末の印象を拭い新たなる公爵家の再出発を印象づけるのにぴったりだ。」

「そうだな、良い判断をしたな。ハワードに対抗する事しか考えなかった為に負け続けているイメージしかなかったが。

 これで王家がどう出るかだ。マリー嬢を無理に公爵家の養女にしようとしたことの責任で公爵が引退したんだ。元凶の王太子に対して王家も何らかの対応が必要になるだろう。」

「もともと、王太子廃嫡だったんだからそれを公表するだけで終わるんじゃないか。民衆は納得すると思うが、王太子廃嫡は結構ショックだから。

 これのせいで結婚を発表するにはタイミングが悪いから、レティシアの結婚が延期になるな。今のうちに家族旅行に行っておきたいな。いや視察旅行にするか。」


 嬉しそうなハワードに王弟が釘を刺す。

「お前、顔がにやけてて気持ち悪いぞ。それに家族旅行は無理だろ。暫くごたごたして忙しくなるからな。

 メリーナ様とレティシア嬢の母子水入らず旅行になるんじゃないか。」

「そんな、俺だけ置いて行かれるのか。酷いじゃないか。」

 ショックを受けて喚いているハワードを見て、王弟は楽しそうに笑っていた。


 王弟やバレット公爵家、国中の貴族やドレーブ公爵家と関係のある家から、カトリーナ女公爵の就任の祝福の手紙が届く。

 カトリーナは個人的に貰ったレティシア嬢からのお祝いの手紙を大切に保管した。


 翌日カトリーナは学校を卒業すると、公爵としての業務が始まった。引退した父親は、アレクが以前話していた遠い領へと引っ越していった。

 これからは夫婦でのんびりと暮らしていきたいと。余計な重荷もなくなり若返ったような父親を見て複雑な思いの子供達。


 父親は別れ際にアレクと握手をする。

自分が王太子を支持するという間違った判断をした為に、引退させるという嫌な役割をさせてすまなかったと謝罪した。

 お前は窮屈な公爵になるよりも、自分のやりたいことを自由に出来る人生を歩むんだ、だた暫くは補佐としてカトリーナを支えて貰わないといけないがな。と微笑むと皆に別れを言って去っていった。


 去っていく父親を見ながらアレクは思っていた。

カトリーナが独り立ち出来たら、もう一度第1王女の所で働きたい。公爵家ではなくて国政に関わっていきたかったアレク。父親はその事にも気づいていたのかなと思っていた。


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