第28話マリーの災難

 今日から学校の授業が始まるが、入学式の王太子達の様子を見ていたマリーは何となく不安だった。とりあえず、髪の色をブラウンに染めて様子を見ることにした。

 彼らとクラスが違う事を願いながら教室に浮かうと、運の良い事に彼らとは違うクラスだった。通常のクラスも授業のクラスもAクラスだったマリー。

 これから最初の授業に向かう度にこの緊張を強いられるのかと思うと、胃がキリキリと痛み出す。いくらなんでも、王太子達が男爵令嬢の自分に声をかけて来るとは思いたくはない。婚約者候補がいる人間が、他の女性に声をかけてくるだろうか。


 マリーが次のクラスに向かっていると、遠くから銀色の髪が見える。銀色の髪と言えば王太子だ。隣にはジャンとダニエルもいるが、王太子とジャンは誰かを探すように女生徒たちの顔を見ている。

 思わずマリーは周りにいた生徒達を盾にして、急いで次の教室へ入った。誰か女性を探していたけれど、どうか私じゃありませんように。祈るような気持ちのマリー。授業が終わると直ぐに寮へと戻っていった。


 これじゃあ、クラスの人達と交流する時間が取れない。その上あの2人が探している生徒が私なら間違いなく周囲の人達から距離を置かれてしまう。

 どうしたらいいんだろう。もういっそ、休学して男爵家へ戻ってしまおうかと考えるも、実際に彼らから接触があるまでは我慢しようと思いなおす。思い込みだけで行動して、全然違う生徒を探していたならば取り返しのつかない事になりかねない。

 勘違いで休学だなんて。マリーが真剣に悩んでいる時、王太子達は暢気にマリーを探して歩いていた。


「なあ、入学式で見た彼女同じ学年じゃなかったのかな。あの輝くような金色の髪の女性がいなそうだが。ジャンは見つかったか。」

「いえ、とても可愛らしい方でしたし、顔を見たらすぐにわかりますがいませんね。」

 自分達がマリーから思い切り避けられてるとも知らず、王太子もジャンも必死に探していた。

「ダニエルはどうだ、ダニエルは確か全部Bクラスだったか。見かけたかな。俺とジャンはBとCクラスが混ざっているが、見てないんだ。」

 王太子がBとCクラスって、どうなんだろうと思うダニエル。そもそもこの人達に付きまとわれたら相手の人も迷惑だろうなと思う。

「見ていませんね。ですが殿下、彼女に会ってどうするつもりなんですか。」

「それはもちろん、友人になりたいと思っているよ。同じ学生同士、一緒に学んだり出かけたりできるといいな。俺はあまり街に行った事がないから、もし彼女が詳しいなら案内してもらえると嬉しいな。」


 ダニエル一瞬言葉に詰まる。(え、本気で好きなのか。すっごい迷惑だな。王太子から寄ってこられたら嫌でも邪険にできないじゃないか。そもそも婚約者候補達がいるのに何を言っているんだろう。自分か王太子である事が分かっていないのだろうか。)

「そうですか、それは相手の方が心配ですね。」

「え、なんでだ。心配って、彼女に何かあったのか。」


「知らない方なので、何かあったかどうかなんて知りませんよ。(馬鹿なのか)

 婚約者候補のいる男性に側をウロウロされたら、女性にとっては迷惑です。婚約者候補がいるのに他の女性に声をかけて来るなんて、遊びたいだけなんだと思われます。

 それに、婚約者候補のいる男性のそばに女性がいたら、責められるのは女性の方です。殿下がどう思うかなど誰も気にしません。周囲にどう見えるかを気にした方が良いです。


 お話がしたいのであれば、婚約者候補との事を何とかしてからの方が、お相手の方の迷惑にならないと思いますよ。」


 王太子を見限ったダニエル。今までのように優しく何でも頷いたりせず、むしろ窘めて王太子と距離を取ろうとする。


「そうか、何も考えていなかった。教えてくれてありがとう。やっぱりダニエルは優しくて頭がいいな。婚約者候補か、お父様に話してみるかな。」

「そうしたら、少なくともバレット公爵家は喜ぶでしょうね。婚約者候補になってから毎年辞退の申し入れをなされていますから。

 バレット家と殿下が婚約すると自分の家の力が強くなりすぎて国内に要らぬ争いを招く不安があるから辞退したいそうですよ。」


「そうなのか、知らなかった。バレット公爵は、素晴らしい人物なんだな。国の事を思い自ら辞退するなんて、俺が王になったらこういう家臣が必要だな。」

「先程の女性とのお話ですが、殿下と2人でなければいいのではないでしょうか。俺とダニエルが一緒にいる時に話すのはどうでしょう。4人で話せばいいんですよ。」

 自信満々な顔のジャンを見て、ダニエルは思う。それって女性が王太子と高位貴族を独り占めしていると思われるだけだろうと。


「そうか。ありがとう、ジャン。それなら問題はないな。早く彼女を見つけ出そう。明日は違う学年も見に行ってみるか。今日はもう帰ろう。」

 止められなかったとその女性に申し訳なく思うダニエルと、一緒に話せる可能性に喜んでいる2人。やっと寮へと戻っていった。

 周囲から好奇の目で見られていた王太子達の事は、バレット家とドレーブ家に伝えられた。


 王太子達が違う学年にまで行って、金色の髪の女性を見てはがっかりしている姿が学校の噂になっていた。1週間無事に逃げ切ったマリー、今では確信している。探しているのが自分だと。

 今日は男爵家から、マリナ男爵夫人が来てくれる。マリーは早く会いたかった。


「お久しぶりねマリー、少しやつれたかしら。」

「ええ、お母様。大変な事になっています。」

 そういうと、彼らと出会った時から学園の噂になっている事まで一気に説明した。


「それは、王族とは思えない行動ね。学校の方は授業のクラスが違うようだから、彼らのクラスを少し早く始め遅く終わるように調整してもらいましょう。

 マリーは彼らの事をどう思っているの。お近づきになりたい気持ちはあるのかしら。

学校の方は、最後まで勉強したいと思っているのかしら。」

「彼らとは、関わり合いになりたくないです。迷惑ですし、嫌です。学校は出来れば最後まで勉強して卒業したいです。」


「分かったわ。マリー、彼らから誘われても、当家は気にせず全て断って大丈夫よ。

 会わない様に逃げ回ってもいつかは会う時はやってくるわ。その時は、話しかけられても一言二言だけ話して、急いでいるからと逃げなさい。人目のない所には絶対に行かない様に。彼らと話す時には必ず、魔道具で映像を取ってね。

 普段は、昼食は簡単に取れるものを食べてすぐに出る。休み時間等は校内を歩いている事しかできなさそうね。 

 マリー。他の人達は関わってこないと思っていてね。


 後、長期休みに学校が補習を行うのは知っているかしら。外せない授業だけ出席して、残りは補習で補いましょう。幸いマリーは頭がいいわ。少しでも早く卒業できるように頑張りましょ。

 様子を見ながら、状況が悪化した時の為の対処をこちらでも準備しておくわ。連絡を密にして対応していきましょう。」

「ごめんなさい、私のせいでご迷惑をおかけして。お父様とお兄様にも申し訳ないです。」


「それは気にしなくて良いわ。家族なのだから助け合わないと。誰がトラブルに巻き込まれても私達が全力で家族を守ることに変わりないわ。

 でも、高位貴族が彼らしかいないのが問題なのよね。公爵家の方達とご一緒出来たらよかったのに。3人とも素晴らしい方と評判だから、事情を話せば何か手をうって下さったかもしれないけれど、無理な事を言っても仕方がないわね。」

「公爵家ですか、令嬢が3人と王太子殿下と一緒にいるジャン様ですよね。」

「令嬢達の事よ。貴族としても素晴らしいし、婚約者候補の教育でも3人とも素晴らしい成果をあげていると評判なのよ。1年早く、マリーが3年生の時に入学なさるそうよ。

 特にレティシア様は、交流会を初めて開催した方で、他の2人の御令嬢にもお勧めして交流会を広めた方なの。身分関係なく交流して協力できる体制を作り、お金がなくて伸ばせなかった芸術等の才能ある子を見つけて支援なさっているの。

 魔法研究所のルーサー様と共同で、少ない魔力量でも十分に戦えるような魔法の使い方に関する研究もなさっているし。」

「凄いですね、私は自分の能力を磨くことしかしなかった。」

「あら、飛び級した事だって素晴らしい事よ。

 多分ほかの生徒からの嫉妬や嫌がらせは殆どないと思うわ。遠くから見ているだけ。

生徒達は公爵家の派閥の人達の行動を参考にするし、彼らは傍観する立場をとると思うから。

 逃げている時にさりげなく隠してくれる方もいるかもしれないけれど、関わったらだめよ。その方の迷惑になったら、他に助けてくれる方がいなくなるから。」

「分かりました。お母様。私頑張りますわ。」

「どうしようもなくなったら逃げるわよ。」

 そう言うと笑いながらマリーの事を強く抱きしめて、マリナは帰っていった。


 その後、マリーは避けていた王太子達と何度か鉢合わせしてしまう。

 最初は、移動中に後ろから王太子達が追いかけてきて、自己紹介をする羽目になった。まだ話そうとする王太子に急いでるからと断って去っていく。

 その後も会うたび挨拶はするが、話そうとする王太子やジャンに会釈をして会話はせずに立ち去っていた。


 すると、友人達で食堂に王太子がいた等と話しながらマリーの横を通り過ぎる生徒達に会うようになった。マリナの言ったように、出来る範囲で助けてくれる人達がいる事に感謝し励まされ、今日もまたマリーは逃げ続ける。


 その状況を見ていたダニエルも、王太子達が多くの人からの評判を落としている事を感じ取っていた。王太子達がマリーを追い続けるたびに窘めたり、別の事に目を向けるよう街へ連れだしたりするが、何も変わらずダニエルは少しずつ王太子達と距離を取るようになっていく。

 気がつくと王太子はジャンと2人で行動するようになっていった。

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