正義の末に

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 ヒノ・ムニエ王[壮年の男性]から呼び出されたストレティ教会の魔法司教バホウシコウアンヒシャス[中年の男性]はフルクリント王国の王都クリンフィートへ向かった。

 王城ウィット―ラで面会したヒノ・ムニエ王から『シャホレーと言う者が主動している魔物バブツ調査に参加する怪物カイブツ機関フォルニアのコルテン部隊長ハークレイ[壮年の男性]に知識を貸してほしい』と求められたアンヒシャスは未練ある名前を耳にして驚いた。


 ヒノ・ムニエ王の依頼を引き受けたアンヒシャスはハークレイが待つ部屋へ向かった。

 面会したハークレイから予定を聞かされたアンヒシャスはテルモンテ侯爵から送られた報告書を渡された。

 『明日の未明に出発する』と告げるハークレイと別れの挨拶を交わしたアンヒシャスは封が空けられた封筒を開いて折りたたまれた報告書を開いた。

 報告書には魔物バブツと推定される存在の不可思議さが記されていた。



報告書(要約)

 人口遺物ジンコウイブツ魔灯光バトウコウが発光した事から魔法バホウが機能していない区域が存在する。その区域の中から出ない魔物バブツは致命傷を受けると全身が緑色の粒子に変わった後、空気中に散布して消える。



 報告書を記したシャホレーと面識があるアンヒシャスは十年ほど前の出来事を思い返す。


 ホルシャン地方の都市ミュンシーニにはショナ教の文派トリステン教会のホムトール教会堂がある。

 当時、ホムトール教会堂を管理していたトリステン教会の上位者、魔法バホウ司教シコウアンヒシャスは人目を気にしながら教会堂を訪れていたシャホレーの逃げ場になり愚痴を聞いていた。


 ホルシャン地方の小さな農村で生まれ育ったのシャホレーの両親はトリステン教会の信者だった。

 両親からショナ教の教えを頻繁に聞かされたシャホレーは熱心な信仰者に育っていた。


 科学の学び舎でショナ教が侮辱されたシャホレーは信仰を隠し始めた末に自身の言動が信者に不相応だと感じ始めて追い込んでいた。

 イート教会の悪行で印象が悪化したショナ教はフルクリント王国内では権威が弱く新たな秩序を築いた科学に逆らい難い雰囲気が存在する。

 ショナ教の盛んな地域なら侮辱され難い雰囲気で包まれているがホルシャン地方の都市ミュンシーニはヒノ・ノワールの故郷であり大国シナノスに対する反抗が始まった場所でもある。

 イート教会からショナ教に不満を抱いた者が多かった影響は今も残っている。


 ヒノ・ノワールは信仰の自由を求めた末、フルクリント王国に国教を定めず魔法バホウ魔術バシュツに限らず如何なる信仰を否定しなかったが全ての人々が彼の思想に沿っているとは言い難い。


 都市ミュンシーニは『思想ではなく秩序を逸脱した行動を制限するべきだ』というフルクリント王国の国家方針に準じて宗教の迫害を禁じている。

 迫害される事は無くてもショナ教を受け入れがたい雰囲気がミュンシーニには存在する。

 ホルシャン地方で暮らす多くの人々から肯定されなくてもトリステン教会は活動し続ける事が出来ている。が信者の数は少ない。




 ショナ教の教祖テリシャスの教え『理論的な調和』と魔法バホウの逸話を守り語り継ぐトリステン教会。

 ヒノ・ノワールにより魔法王バホウオウの嘘が証明されてからイート教会の権威が弱まった。権威無き指導者に従う人々は少なかった。

 魔神バシン系の宗教や無宗教の人々からイート教会や国家シナノスと一括りにされて非難を受けたショナ教の信奉者たちはトリステン教会に身を寄せた。

 イート教会が失墜した後、多くの信者を取り込んだトリステン教会はショナ教で最大の分派になった。


 何の宗教も信仰せず科学を重んじたヒノ・ノワールに救われた人々の中には彼を真似て無宗教を選ぶ者たちがいた。

 その者たちは信仰に費やす力を科学の勉強に費やした。科学者の増加は技術の発展を速め似非科学で発展を停滞させていた国家シナノスとは異なり人々の生活水準は向上した。

 科学に救われた人々の心は宗教を必ずしも必要としなかった。宗教ではなく科学へ救いを求め始めたから……。

 結果、ショナ教へ入信する者は減りテリシャスの教えを知らない者が増えた末に魔法バホウの実在を信じな者が増えた。


 シャホレーは科学の学び舎で無宗教の者たちから『有りもしない魔法バホウを信じて時間を無駄にしている』などと侮辱されていた事がある。

 成績が優秀だったシャホレーは嫉妬された末に敵視されていたと思われる。

 かの者らはシャホレーを侮辱する際にショナ教を用いた。他者の心を踏みにじる行為に憤り不満を抱いてもショナ教の印象を悪化させない為に耐える事で世間から問題と思われぬように努めた。

 『ショナ教を嫌う』内心を否定する言動を行えば自身も悪になってしまう。

 学校生活で『科学を学ぶ人間の全てがヒノ・ノワールの様に宗教に寛容とは限らない』と学んだシャホレーはショナ教を信仰しない人々に期待し難くなった。


 アンヒシャスは学校を卒業するシャホレーの意向を尊重して自分の魔法バホウ助祭ソセイにした。※魔法助祭バホウソセイ魔法司教バホウシコウ魔法司祭バホウシセイを補佐する役割


 トリステン教会に属する人々の中には信者が増えない原因を『科学者の影響だ』と考える者たちがいる。

 科学者を嫌う者たちは科学の名門校を卒業したシャホレーを嫌い『科学を学んだだけで偉そうに』などの難癖で虐げていた。

 シャホレーを魔法司祭バホウシセイにする際、トリステン教会の上位者たちから反対された。

 トリステン教会の発展を望むなら『思想に反しない範囲で多様な価値観を認める必要性がある』と語り論理的な調和を持ち出したアンヒシャスは魔法司教たちを説得した。

 伝統を守り続ける重要性を説く魔法司教バホウシコウから反論されたが議論した末に『科学を学んだ事は信仰に悪影響はない』と結論付けられてシャホレーは魔法司祭バホウシセイに成った。


 科学の価値が高まる社会で信仰心しか取り柄がない者たちは科学的な知識を持つシャホレーに劣等感を抱いていた。

 劣等感は不安や嫉妬を成した末に虐げる行為に発展させた。


 当初は『同じ信仰心を持つ者なら』と期待してたシャホレーがトリステン教会内で孤立する様子を見ていたアンヒシャスは『価値観が異なる者とも向き合うべきだ』と交流を促したが科学を侮辱する人々を軽んじて自分を守るシャホレーの考えを変える事は出来なかった。


 シャホレーを蹴落としてまで地位を守ろうと試みた人々は『信仰心だけでは生き残り難いトリステン教会』へ変化する危機感を抱いていた。

 魔術バシュツの実証により魔法バホウを証明しようと固執するシャホレーの計画に気付いた魔法司祭バホウシセイ魔法司教バホウシコウたちはシャホレーははん魔法バホウ的な思想を持っていると主張してトリステン教会から追い出そうと試みた。


 (シャホレーがトリステン教会に留まれるように)と考えたアンヒシャスは『魔法バホウを証明する手段に固執するべきではない』とシャホレーを説得したが『他の可能性も考えています。固執してはいません』と反論された。

 アンヒシャスは『証明の為に魔術バシュツを実証する行為自体が問題だ』と語るも『魔術バシュツが実証できなたら魔法バホウも証明できるんです。魔術バシュツは必要悪なんですよ』と考えを変えないシャホレーに困り果てた。

 『このままではトリステン教会に居られなくなる』などと保身を刺激しても『上手く隠しますから、大丈夫です』と悪しき心の隠蔽を暗に求められた。


 トリステン教会の上位者たちはシャホレーの不相応な思想を追放するに相応しいと検討していた。

 上位者たちに反対する正当な理由を見つけられなかったアンヒシャスは『シャホレーの気持ちを変える事は出来なかった』と保身を優先した。



 シャホレーを説得できなかった末に『変えられなかった』と自分の苦労を材料に保身を優先した自分を『頑張った』などと正当化していたアンヒシャスは忘れていた彼の名前を聞いてから未練が湧き出た。


 シャホレーがトリステン教会を脱退してからの動向は知らなかったが生存していた事に安堵したアンヒシャスはヒノ・ムニエ王の目的を考察した。


 魔術バシュツは宗教〝魔神バシンきょう〟の儀式で有り信者が魔神バシンと交信する手段として受け継がれている。

 魔法バホウが機能する限り魔術バシュツは機能的な意味を成さないと語ったテリシャスの言葉通りなら魔法バホウが機能する限り魔神バシン教が魔術バシュツを行おうと何の問題もない。


 科学で成り立つフルクリント王国が魔法バホウ魔術バシュツを信じているなら魔法バホウ無き混沌の世界が到来する事を恐れているとも考えられる。

 魔法バホウを否定しなかったヒノ・ノワールの思想がヒノ・ムニエ王にも継承されているならフルクリント王国は存在し得る魔法バホウが機能不全を起こす事を想定している可能性がある。

 フルクリント王国は魔法バホウを有ると明言できないが信じていると仮定するならトリステン教会の魔法司教バホウシコウに手助けを求める必要性も理解できる。

 魔法バホウ魔術バシュツが実在しないと認識しているならトリステン教会は嘘つきの集まりに過ぎないのだから。



 シャホレーと面識がありトリステン教会内で科学に理解がある自分が協力者に選ばれたと結論付けたアンヒシャスは今の秩序を守るための重要な任務だと意識して気合を入れた。

 出来たならシャホレーに償えることを期待して……。



 アルセンに送られていたシャホレーの報告書を読んだアンヒシャスは

魔法バホウが無効化される区域〝魔領域バレイヨク〟を人口遺物ジンコウイブツによって証明できそう』な事が分かった。


 シャホレーが固執していた魔術バシュツの実証が実現しそうな状況に驚いたアンヒシャスは嬉しいと思えた自分に安堵した。

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