第6話傷心と溜息
総司令部でジャックがこの話をすると「そうか! やってくれるか! 」皆何故か乗り気で、試験場も開けてくれ、レーサー協会との細かなルール、日取りの設定など、事はトントン拍子に進んで行った。「20秒以内なら君の勝ちだしね」上層部の人間までそう言いだす始末で、子どもの、訓練校生の書いたシナリオ通りに事が進んでいるような気がしてならなかった。
「どうやって秒数をはじきだしたのか分からないが、でジャック飛んでみてどうだった?」
「本番用の機種は明日来ますから分かりませんが、今のところは27秒遅れと言ったところです、キャプテングリーン」
「まんざら嘘でもないか、レーサーの育成ゲームもあるから、それを使っているのかもな。とにかく変なことになったな、ジャック」
キャプテングリーンは複雑な表情を見せた。しかしキャプテンヤーマの言っていることが一番正しいとジャックも思えた。
「双方喜ぶからだろう? レーサーは勝って面目は保てるし、こちらは負けても20秒に近ければ勝ちか引き分けと見ることができる。要は皆喜べるからやってみたいということじゃないか? 総司令部も現時点の飛行データで、君がよっぽどのことが無い限り離されることはないとみている。みんな勝者の勝負なんて、珍しい。訓練校生というか、心理学者かなと思うよ、その子は。それでもとにかく、危ないと思ったら止めることだ、レース途中でも。君の将来、ヴェルガの将来もある。こんなことで君がどうにかなるのが一番バカバカしい。すまないねジャック、ガンバレと言った方がいいのかも知れないが」
「キャプテンヤーマ、やはりあなたが一番常識的、良識的だ。ジャック、彼の言葉に従ってくれ」
「ヴェルガ、すまない。そうじゃない奴らが明日行くと言っているから」
次の日
「ここが高速実験場か」
ポウとサマーウインドは珍しそうにそれぞれの船からコースを眺めた。
「浮遊物が全く無し、恒星と惑星が一つずつ、珍しいな」
浮遊物はないがカメラは何台か存在していた。
「俺たちの知らない所って、まだまだあるんだな」ベテラン二人はしみじみ思っていた。
一方キャプテンジャックは今日来るはずのレース機のデッキに、ヴェルガと共にやってくると、何か異様に興奮した雰囲気だった。誰かがキャプテンジャックを見つけて走り寄って
「キャプテンジャック! 本当に勝てるかも知れませんよ! この勝負! 」他の人間も「そう、そう! 」という感じだった。
「何故?20秒差でいいんだろう? 」
「勝てるんです! だって星間レースの神様が来るんですから! 」
「神様? 有名なレーサー? 」
「違いますよ、知らないんですか? 整備の人ですよ! 彼に整備されたら20秒以上タイムが上がるって有名で、どのレーサーからも引っ張りダコなんです! その人があなたの整備責任者として来るんですよ! すごい! 」まるで勝ったような盛り上がりで、キャプテンジャックとヴェルガだけが、かやの外で訳が分からない。あとから誰かがまた聞いた。
「キャプテンジャック、彼を本当に知らないんですか? 」
ヴェルガは星間レーサーの事を少し調べてみることにした。
高速実験場の観覧室と呼ばれる部屋にポウとサマーウインドはやってきていて、カメラの映像や、自分の目でコースを飛ぶジャックの機体を見ていた。部屋には二人しかいなかった。
「上手いじゃないか、ジャックは。小型艇は嫌いと言っていた割には、なあポウ?」
「だが軽そうだな本物は。慣れるのに時間がかかるんじゃないのか」
「いいんじゃないか? ただまっすぐ飛ぶんだから」
「それもそうか、よおヴェルガ、どうだジャックの調子は? 」
部屋に入ってきたヴェルガは何も答えなかった。
「ヴェルガ? 何か怒ってるのか? 俺たちの船のデータを消すのに時間がかかったのか? 」
「違う、話が変な方向に向かっている」
「変な方向? 」
「20秒差だったら良かったんだが、整備達が勝とうといいだした。レースの神様という整備士を中心に、すごい団結力で」
「ああ、聞いたことあるよ、結構年配だろう? 一番すごかった時の整備士だから腕が抜群って」
「しかも、船と一緒に回路専門の人間まで連れて来ていて、ジャックが飛び出た後、みんなを集めて「私は勝つために来ているんだから」と」
「すごい、やる気だなあ、でも何でその神様が来たんだ? 自分達の所に置いておけばいいのに」
「わからない。それと、キャプテンポウ」
「何だ? ヴェルガ」
「星間レースのコースに入り込んで、レースを・・・・」
「お前、何でそれを! 昔々で、あれは迷い込んだんだ! わざとじゃない! 」
「きちっと確認しておけばよかったことじゃないのか? 」
「あの頃星間レースはころころコースを変えていたんだよ」
「だから確認しなければならなかったのではないのか、パイロットなのだから! 」
「お前、厳しいぞ」
「それに、キャプテンビューティー」
「俺? 」
「小さな部品ぐらい運んでやればいいだろう? 内々にでも。それが100でも
200でも大した重さではないはずだ、出来ないことはないだろう? そのせいで死亡には至らなかったが、レーサー機が何度か爆発する騒ぎが起こった」
「総司令部からレーサー関係は運ぶなと通達があったんだ! 」
「それに背くことぐらい、あなたには簡単だろう? 何だ、恋人をレーサーに取られたぐらいで! 」
「・・・・・・・・・・」
「ヴェルガ、お前良く調べたな。女優の噂は有名だがそのことはほとんど知らないはずだ、ジャックも。こいつ可哀想で、結婚するって言ってたのに。ハーナに会うちょっと前だ」
「ヴェルガ・・・人の心の傷を・・・クリームか! お前は! 」
「要は貴方達との遺恨があるからジャックがこんなことになったんじゃないのか? 自分たちで責任を取ってくれ! キャプテンポウ、あなたは小型艇がとても得意だそうじゃないか」
「俺、妻子持ちなんだけど」
「独身だったらいいのか? それは危険ということじゃないのか? 」
「大丈夫だろう? 一機ずつ別々に飛んでタイムトライアルだ、ぶつかることもない。それに、危険だったらお前が止めればいいじゃないか、ボルトが言ってたぞ、お前高速で飛ぶものの機械に入り込んで止めるのが得意だって」
「緊急停止だ! 反ヴェルガ組織の船にはするがジャックにはやりたくない、むちうち状態になる。キャプテンビューティー、そんなにジャックにこんなことをやらせたいのか? 何か恨みでもあるのか? 」
「うーん、面白くないか? 普通に」
「これだから、神に選ばれた人間というのは・・・」
「ヴェルガ、俺たちその言葉聞き飽きてるんだ。そういうときは俺たちと、グリーン、ヤーマとを比べて、俺達が劣っているって言いたいんだろう? 俺達は合格線上で、占いで上がった。奴らは教官面接だけ、で、何が違う? 」
「キャプテングリーンにしてもキャプテンヤーマにしても止めた方がいいというのに」
「ここまで来て止められる訳がないだろう? 止めさせるのならもっと前段階で言えばいい。あいつらが必死になって総司令部に掛け合えばよかったんだ。グリーンなんて昔総司令部に「噛みつきグリーン」って言われてて、20代半ばなのに閣僚を前にして講釈したんだぞ。理路整然、時折脅しも混ぜて。「あれほど頭の切れる人間がいるのか」って皆震えあがったらしい」
「彼にしかできないことだ」
「グリーンにしてもヤーマにしても口先で「心配」って言ってるだけさ、危険度は少ないんだから。あのなあ、付き合いは俺たちの方が長い。俺達は特殊空間航路のパイロット、一皮むけば本性が出てくるんだよ。奴らは表面を装ってるだけだ」
「えらい! サマーウインド」
「あきれたな・・・もう・・・・」
「いっしょに乗ればいいじゃないかヴェルガ。航路安全局にもヴェルガ持ちのパイロットはいるぜ」
「考えたが、狭すぎる。それに彼とジャックの勝負だろう? 公正さを欠く」
「ウーン、その考えはヴェルガ族的なのかなぁ、お前も不思議だぞ」
「ふう・・・・」
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