兵太くんのことが…………すき。

「さくら、ポカリここ置いとくからね」

「ん……」

「なにかあったら呼びなさい。スマホ持っておくから。それと、兵太くん駅着いたって。もうすぐ来てくれるわよ」

「わかった……」

「つらくなったらすぐ言いなさいね」

「わかったってば……」


 お母さんは心配そうな顔をしつつも、わたしの部屋を出ていきました。


 なんだかぼんやりします。頭が痛くて、熱っぽくて、身体の芯は冷えているような感じがします。


 わたしはベッドに寝て、天井を眺めていましたが、ふと顔を傾けて、窓の外を見ました。

 すると、思わず「うそ……」と声が出てしまいました。

 粉雪が降っていたからです。


 季節は冬。でも、十二月に雪なんて、この地域では珍しいこと。それこそ、奇跡みたいなものです。


 こんな日に、風邪を引いてしまうなんて。


 せっかくの……クリスマスイブなのに……。




     ◇◇◇




 ましゅまろおうこく。

 そこでは年に一度の〝ましゅまろのうたげ〟がひらかれていました。

 ましゅまろのうたげは、ましゅまろたちが、肉や魚を喰らいまくる恐怖のうたげです。

 わたしは王国の外にある時計塔の上で、スナイパーライフルを構えていました。

 今回のミッションは、ましゅまろたちにまぎれこんだ、はんぺんを撃ち抜くこと。

 ところが……

 そのはんぺんは、なんと、兵太くんだったのです!

 おでんに入れて食べたい。

 はんぺんの兵太くんは、わたしから狙われていることに気づくと、スコープの中から、おーい!と笑顔で手を振ってきました。

 わたしは胸がぎゅーってなって泣きました。

 わたしは兵太くんのことをおでんに入れて食べたいと思ってしまうのに、それでも兵太くんは、優しく笑顔を向けてくれるのです……。

 う、撃てないよぉ……。

 ミッション遂行、できないよぉ……。

 次の瞬間、ましゅまろ王国は大爆発して滅亡!


「……ふぇ」


 家の一階の玄関から物音がして、わたしは浅い眠りから目を覚ましました。何かへんな夢をみていたような気がします。どんな夢だったっけ。確か、兵太くんがにこにこ笑ってくれる幸せな夢だったような。やったぁ。兵太くんが夢に出てきてくれたのは、人生で七十二回目です。


 とかそんなことを思っていると、わたしの部屋のドアがノックされ、ゆっくりと開きました。


「さくらさーん……入るよ?」


 あれ? 兵太くんだ……。ということは、まだ、夢……?


「大丈夫? さくらさん。急に熱出したって言ってたから心配だよ。僕にできることがあったら何でも言ってね?」


 兵太くんがわたしのベッドの横でしゃがんで、わたしの顔を覗き込んでいます……。

 兵太くんのお手手が、ワンちゃんみたいにわたしのベッドにちょこんと乗っています……。

 ああ……兵太くんだぁ……。

 風邪で、熱が出て、大変だけど、兵太くんが来てくれた……。


「え、えっ!? さくらさん泣いてる!? ど、どこか悪いの!? ど、どうしよう、何してほしい!? ていうかお母さん呼んでこようか!?」


 慌てる兵太くんも可愛い……。

 こんな可愛すぎるひとが、わたしの彼氏で、いいのかな……。

 うぅ……


「な、なにか言ってよさくらさん! とにかく、ちょっとお母さん呼んでくるね!? 待ってて!」


 はぇ……?

 兵太くんが、どこかへ行こうとしています。

 わたしは手を伸ばして、兵太くんの服の裾を、ぎゅ、と掴みました。


 いかないでぇ……兵太くぅん……。


「あっ……、は、はい……」


 立ち上がりかけた兵太くんは、再び、スッとしゃがんでくれました。

 兵太くんの顔は、なんだか朱みが差していて、口元がすごい緩みかけています。


 しばらく、ふわふわとした沈黙が漂いました。

 でも、すぐに兵太くんが口を開きます。


「あ、あの……さくらさん。ほんとに、つらかったら言ってね。僕、できることなら何でもするから……」


 なんでも、する……?

 わたしはこれが夢なのだということを思い出しました。

 なんでも、かあ……。

 ふへへ……なんでも……。


 じゃぁねぇ……


「う、うん……」


 イルミネーションに、つれてって……?


「あ……。さくらさん……」


 兵太くんはなぜだか、悲しそうな顔をします。

 どうしたのかな……?

 つれてってくれないのかな……。


「……イルミネーション、見に行けなくて、残念だったね。雪が降ってて、ホワイトクリスマスなのに……」


 あ……。

 悲しまないで……。

 行けないのは、わたしのせいなの……。

 わたしが、風邪なんか引くから……


「さくらさん……行きたかったよね、雲前広場のクリスマスツリー……」


 うん……。


「……じゃあ、なんとなく、想像してみようか。もしもイルミネーションを見に行けたら……どんなデートになっていたか」


 うん……。わかった……。

 想像するぅ……。


「実は、さくらさんちに来る途中で脇を通るから、見かけたんだよね……雲前広場の、特大クリスマスツリー。ぴかぴか光っててすごい綺麗だった。高さは、十メートル以上はあったんじゃないかなあ……」


 十めーとる……すごい……。

 見たかったなぁ……。


「ね、すごいでしょ? あとイルミネーションの光のアーチみたいなのもあって、幻想的だった。イブだから、すごいたくさん人いたよ。家族連れもいたし、ひとりでカメラ構えてる人もいたし、男女ふたりの組み合わせも多かったな」


 そうなんだ……。

 わたしたちみたいな恋人同士も、いたんだねぇ……。


「うん……」


 ねぇ……兵太くん……手ぇ、つなご……?


「えっ? いいけど、冷たいかも……」


 だいじょうぶ……。

 えへ……にぎにぎ……。

 クリスマスイブに、恋人つなぎ……しちゃったね……。


「結婚したい」


 ふぇ……?


「い、いけないいけない。つい煩悩が。さくらさんは今、風邪でつらいんだぞ……。そ、そうだね、恋人つなぎ。デートみたいだね」


 そうだよぉ……?

 わたし、いま、夢デートちゅうなの……。


「夢デート?」


 兵太くんと一緒に、恋人つなぎしながら……イルミネーション見にいく、夢をみる……。

 わたしと兵太くんは、手袋を外して、指を絡めて……

 肩を寄せ合って、ツリーを見上げるの……

 そしたらね、ひらひら雪が降ってきて……兵太くんの鼻先に、ちょんって、乗っかるんだ……

 鼻をこする兵太くんが、ちょっと恥ずかしそうにしてて……すごく可愛いの……


「さ、さくらさん……」


 それでね……

 雪と一緒にましゅまろも降ってきて……


「さくらさん?」


 落ちてくるましゅまろを、ふたりでもぐもぐするの……

 そしたら……お口の中があまあまになって……

 ましゅまろはどんどん降り注ぐから、足下がましゅまろで埋まり始めて……

 兵太くんは、ここはあぶない!って言って、わたしの手を引いて走りだすの……

 ましゅまろの上を、ぽよーんぽよーんって弾みながら……わたしたちは走る……

 そしたらね……

 わたしたちは、やがて、ましゅまろおうこくにたどりつくの……


 ねぇ……兵太くん……


「は、はい」


 はんぺんの兵太くんを……わたしがおでんに入れて食べたくなったら、そのときは……

 ましゅまろなわたしのことも、食べて、いいからね……?


「……? ………………????」


 ふへ……。

 困り顔の兵太くんも……かわいい……。


「よ、よくわからないけど……」


 んぅ……?


「さくらさんがマシュマロだったら、きっと、すごく甘い味がするんだろうね……」


 そうだよぉ……?

 だって……わたし、兵太くんと一緒のとき、ずぅっと、あまあまな気持ちだもん……。

 わたし……兵太くんのことが……だいすきだから……。


「ァエ゛!!!!!!!!!」


 んぇ……? どうしたのぉ……?


「い、いや……。危うく僕が病院送りになるところだったから……。そ、そっか。さくらさん、そんなふうに思っててくれたんだね。……こ、これは僕もチャンスか? ふわふわしてるさくらさんになら……言える。あ、あ、あの、さくらさん。僕もさくらさんのことが……好きだ。大好きなんだ。可愛くて、かっこよくて……好きなところを挙げたらキリがないけど……きみのことが大好きで、だから僕は……! ……ん? あれ? さくらさん寝てる? おーい? さ、さくらさーん……?」




     ◇◇◇




「……ほへぁ」


 わたしはベッドの上で目を覚ましました。窓の外はすっかり暗くて、お月様が浮かんでいます。

 寝ている間、素敵な夢をみていました。兵太くんがお見舞いに来てくれて、一緒に想像のデートをして……

 あれ?

 そういえば今日は、本当に兵太くんがお見舞いに来てくれる日だったはず。

 もしかして、さっきの夢は……現実?

 風邪でぼんやりとしていたから、夢と勘違いしてたのかな……。


 兵太くんの姿を部屋に探そうと首を傾けると、枕元に、何かが置かれていました。


「これ……」


 それはクリスマス仕様にラッピングされた箱でした。

 お手紙もついています。

 わたしは、ちょっと雑だけど丸っこい字で書かれた文章を読みました。

 最後まで読んだら、もう一度最初から読み返します。

 五回くらい読み返してから、わたしは自分がすごくニヤニヤしていることに気がつきました。


 兵太くんがくれた、クリスマスプレゼント。


 わたしは箱を胸にぎゅっと抱いて、また想像しています。


 中身は何かな。きっと一生懸命、選んでくれたんだろうな。


 わたしへの、思いを込めて……。


 すぐ開けるのがもったいないから、プレゼントを抱いたまま、もうすこしだけ、ぼんやりしていることにします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る