兵太くんは…………かわいい。
わたしは自分のお部屋のベッドにごろごろ寝転がりながら、スマートフォンの画面をスワイプしていました。
LINEでやりとりする相手は、わたしの彼氏の、
スタンプを組み合わせた兵太くんのメッセージに、思わず頬が綻んでしまいます。
「……ふふ。…………へへ……。……ふふへ…………」
「さくらー?」
「わひゃぁっ!?」
突然、部屋の扉が開いて、お母さんが来ました。来ないで……。
「どうしたのそんなに驚いて」
「な、なんでもないもんっ。勝手に入ってこないで!」
「お風呂湧いてるわよ」
「はぁい」
ぱたん。
扉が閉じて、わたしは溜息をつきます。
早く大人になって、ひとり暮らしをしたいなあ……。
そうしたら、兵太くんをお招きして……一日中、ずっと一緒にいられる……。
ふたりっきりで、いろんなことができるなあ……。
オセロとか……。
「…………ふへ」
また頬が緩んだので、条件反射でハッと扉を見ます。大丈夫でした。お母さんは来てません。
スマホの向こうの兵太くんは家族とごはんを食べに行くそうです。
わたしも、お風呂、入っちゃおう……。
スマホをベッドに置いて、浴室のある一階へと、階段を下りていきます。
◇◇◇
かわいい、って言うと兵太くんはちょっとだけ複雑そうな顔をするけれど、でも、まんざらじゃなさそうに照れ笑いをしてくれて、そこもかわいいです。
ちょっと気弱なのに頑張り屋でかわいいし。
一緒に外を歩いていると、突然空を見上げて「あ、なんかあの雲、うさぎに見えない?」って言ってきてかわいいし。
それになにより、わたしのことを大好きでいてくれるから、かわいいのです。
こんなわたしなのに……好きでいて、くれるから……。
実はわたしは、昔から暗い性格をしていました。
周りの人の考えることがわかりすぎて、いろいろと、苦しいことがあったのです。
幼い頃から分析と予測が癖になっていたわたしは、周りの子たちが次に言うことを予言してみることがありました。予言は当たることが多くて、友達からは不気味がられました。次第にわたしは遠ざけられていき……
時々、いじめまがいのこともされて……
わたしは周りのことも、自分のことも、嫌いになってゆきました。
そんな中で、心のどこかで縋っていたのが、四歳の頃に遊んだ、同い年の男の子のことでした。
何がきっかけでその男の子と遊んだのかはすっかり忘れてしまったのですが、ふたりでお砂場遊びをしていて、突然、未来の光景が浮かんできたのです。神さまのお告げがあるとしたらあんな感じなのかな。その未来というのは、その……
ええと……
……その男の子、羽川兵太くんと、幸せな家庭を築いている、っていう、光景でした……!
わたしは集中した状態になれば、未来予測ができちゃったりします。そのおかげで〝人以外を撃つスナイパー〟なんてお仕事ができたりもしています。
『お告げ』は、その能力が、ちょっと暴走しちゃったから受け取ることのできたものなのでしょう。
以来、わたしは、鼻の頭に泥んこをつけた彼の笑顔を支えにして、小学校と中学校を乗り切りました。中学の頃からスナイパーをやっていたので、その時にできた友達のリンゼちゃんという子に頼んで、兵太くんがどこの中学に通っていてどこの高校に行くつもりなのかというのを調べてもらいました。リンゼちゃんはちょっとハッキングしたりもしたらしいです。すごい。
そうして、高校で十一年ぶりに再会した時には……
といっても入学式の時に遠くから姿を見ただけなのですが……ちょっと涙が出ました。
でも、その頃のわたしは他人嫌いが進んでいて、まだ、兵太くんを信じられない気持ちの方が大きかったです。
だからすぐには話しかけずに、機会をうかがっていたら……
兵太くんの方から、話しかけてくれました。
その時は学校の放課後で、わたしは制服のまま仕事に行く途中(兵太くんの言うところの、スナイパーモード)だったので、つっけんどんな態度をとってしまったけれど……
内心では、うれしくて。
んふふ……。
……だめだ。兵太くんのことを考えると、くすぐったくて、変な笑いが出ちゃいます。
でも、兵太くんがこの場にいたら、きっとわたしにつられて笑ってくれるのでしょう。わたしがなぜ笑ったのかもよくわかっていないまま……。
そういうところも、兵太くんのかわいいところだと思います。
「はあ……兵太くん……」
お風呂に浸かりながら呟くと、少しだけ反響して、自分の声が大きく聞こえて。
なんだか恥ずかしくなって、口元まで浸かるわたしなのでした。
ぷくぷくぷく……
◇◇◇
お風呂から上がって、ピンクの水玉パジャマに着替えたわたしは、お部屋に戻ってきました。
髪をドライヤーでブロウしながら、兵太くんからのLINEを確認します。
他愛ないメッセージのやりとり。
<今度の週末どこ行く?
<僕は雲前橋の紅葉の道行きたい
<さくらさんは?
<わたしも、そこでいいよ。
<兵太くんの行きたいところに行きたい。
<本当?ありがと!!!!!!
<(マンガのキャラが「ありがとう……それしか言う言葉が見つからない……」と涙を流しているスタンプ)
わたしは微笑んで、笑顔のスタンプを返します。
そして、初めて手を繋いだのも雲前橋の街だったなぁと思いだしました。
わたしの胸の中に、いくつもの思い出が浮かんできます。
高校に入学して……
兵太くんにとってはほとんど初めての出会いだったのかもしれないけれど、わたしにとっては、待ち焦がれていた再会で。
でも兵太くんがわたしのことを受け入れてくれるかどうかなんて、わからなくて……
いま、こうして仲良しになれて、手を繋いで、デートの約束をして。
それはダメダメなわたしにとって、奇跡なんだと思います。
◇◇◇
わたしは兵太くんと「おやすみ」を伝え合い、お部屋の蛍光灯を消しました。
枕元のイエローライトだけを点けて、ぼんやりとします。
付き合い始める前のことを、なんとなく思いだしました。
ふたりで帰る、帰り道で……
兵太くんが「僕は、
兵太くんが、わたしを抱き締めて、わたしの名を呼んでくれる……そんな未来。
小学生の頃の苦悶も……
中学生の頃の陰鬱も……
兵太くんの示す未来が、全部洗い流してくれました。
兵太くんが、わたしを、暗闇から救ってくれた……。
でも、今、それを教えてしまうと、重い女だと思われてしまうかもしれません。
だからこのことは、肝心な時のために、とっておこうと思うのです。
たとえば……
け、結婚する、時とか……
「……ん~~!!」
わたしは思わず抱き枕をぎゅうっとして、ベッドの上でじたばたじたばた。
枕の匂いを感じて、溜息をひとつ。
はあ……
この抱き枕が、兵太くんだったらよかったのに……。
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