その9 『最前線に桜あり』

お題……「春」「犠牲」「消えた殺戮」

ジャンル……「指定なし」


 煙草の煙が春の風に消えていく。

 吸っているのは、瓦礫に座る男。

 何か文字が書かれているそれは、元は店の看板だったようだ。


「フゥーー……」


 再び煙を吐く。辺り一面は瓦礫の山。他に人は見当たらない。

 ……いや、それらしきはある。周りに漂うのは血の匂い。それを紛らわせるように彼は大きく煙草を吸って……


「ゲホッゲホッ、オエッ」


 盛大に噎せた。


「慣れない物吸うからだぞ」


 彼の後ろから、ヘルメットを被った男性が近付いてきた。未だ咳き込む彼の頭を小突いて笑う。


「うるっせ」


 その腕を振り払って、彼は吸っていた煙草を遠くへ投げ捨てた。


「ポイ捨て厳禁」


「もうそんなの気にする場所じゃねえだろ」


 無精髭を擦りながら、彼は不愛想に言う。


 現在、2080年。東京。

 宇宙から来た侵略者により、地球の六割は制圧された。

 日本でも、僅かに残った人々の、ささやかな抵抗だけが続いている。


 彼らは、そのゲリラの一員だった。


「しっかし、今日は敵さん静かだな」


 辺りを見渡すヘルメットの男性。確かに、普段なら一体は必ず巡回しているはずだ。


「殺したか?」


「いや、朝からこんな感じだ」


 彼が答える。


「ほお……。『鬼の霍乱』、ってやつか?」


「その使い方正しいのか……? まあ平和なだけいいじゃねえか」


「平和なあ……。そりゃあいい言葉だ」


 会話が途切れ、沈黙が漂う。

 少しいたたまれなくなって、ヘルメットの男性が口を開こうとした時。


 一際大きな風が吹いた。


 巻き上げられた砂利が目に入らないように二人が構える。

 その隙間から覗く視線の先を、淡い桃色が駆けた。


「!?」


 彼がそれを掴む。

 掌を開くと、そこにはひとひらの花弁。


「これは……」


「おいおい、それって『桜』じゃないか?」


 何かと掌を覗いたヘルメットの男性が声を上げた。


「桜?」


「おう。木に咲く花で、昔はそれを見ながら飲み食いする『花見』っていう行事があったらしいぞ」


「花見か……」


 二人は花弁が飛んできた方向を見る。だが桜は見えない。


「どこから飛んできたんだろうなあ、それ」


「さあな。……もしかしたら」


 掴んだ花弁を風に乗せて、彼は呟いた。


「その『花見』とやらをしてるから、アイツらいないんじゃないか?」


「…………マジかよ」


 それを聞いたヘルメットの男性はしばらく黙った後、盛大に笑い始めた。


「アイツらにも、風流ってもんが分かるんかねえ?」


「知るか、そんなもん。だが、まあ。何かを綺麗だと思う気持ちには、星の違いもそんなに関係ねえんじゃねえの」


「だっはっは。随分なロマンチストだな」


「ケッ」


 無精髭の男がそっぽを向く。その間にも、風は花弁を運んでくる。


「……花見、いつまで続くかねえ」


「一週間くらい続けてくれれば楽だな」


「そうだなあ」


 ヘルメットの男性が、胸ポケットに入れていた煙草に火を付けた。


 数多の花弁が舞う風の中、男達はずっと、それを眺めていた。


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