その8 『音楽室の死神』

お題……「音楽」「死神」「きれいな中学校」

ジャンル……「指定なし」


 この中学校は、古い校舎を壊し一から建て直したものだ。

 だから新築ピカピカ。全教室にクーラーが付き、防音もしっかりているので、もう二つ隣の教室で授業をしている社会の先生の声を聞かずに済む。


 だが、まあ、なんだ。


 学生なら一度は憧れるらしい(そうか?)アレは、たかだか校舎が新しくなったくらいじゃあ変わらない。


 ……七不思議。

 一つ。動く理科室の人体模型。

 二つ。二階女子トイレ奥の花子さん。

 三つ。逢魔が時、階段の踊り場にある窓に映るもう一人の自分。

 四つ。校庭の池に住む人面魚。

 五つ。誰もいないのに、赤ん坊の泣き声が聞こえる屋上。

 六つ。夜の体育館で歌う女子生徒。


 そして、七つ。

 七時七分に、音楽室から流れるピアノの音を聞いた者は死ぬ。

 人呼んで、『音楽室の死神』。



「ちょっと……止めようよ……」


 弱気な眼鏡が尻込みしてる。そりゃそうだろう。今は七時で、目の前は音楽室。誰も、好き好んでこんな所来たくはないわなあ。


「いーじゃんいーじゃん! どーせ、なにも聞こえるわけねーだろーし!」


 隣のチャラ男がケラケラ笑う。いるよな、こういう奴。本当に呪われちまえ。


「本当に聞こえたらどうするのさ……」


「動画撮ってTwitterに上げようぜ~~」


 ああ、嫌気が差す。だが、奴らがだべっている間に、今はもう七時六分だ。


 ご、よん、さん、に、いち。


 丁寧に。綺麗に。心地よく。


 心底呪いを込めて。


 俺はピアノを弾いた。


 ……なんだ? もしかして俺を、生きてる人間だとでも思ったか?

 残念だったな、俺が音楽室の死神だ。

 ああ、普通そこは女の子だろっていう苦情は無しな。

 体育館のアイツから、死ぬ気でもぎ取った部屋だぜ? まあ当時からバリバリ死んでたけど。


「な、何だよ……」


 チャラ男の奴、ビビってら。さっきまでの威勢はどうした?

 眼鏡も全然動いてねえじゃねえか。


「ろ、録音! 録音なんだろ!? 誰だよ、こんなイタズラしてる奴!!」


 チャラ男が、必死こいてラジカセを探しているが……馬鹿め。

 毎日毎日、真心と呪いを込めて弾いている俺の演奏に、録音如きが敵うワケねーだろ。


 おちょくるようにアイツの悲鳴にリズムを添えてやると、まー面白い具合にビビることビビること。

 ひとしきり笑っていると、チャラ男はすぐに逃げてしまった。

 チッ、遊びすぎたか……?


 ……いや、まだいるじゃねえか。ずーっとこっちを見て固まってる眼鏡が。

 今度はコイツを……コイツ……あれ?


 こっちを見てる、ってことは……


「キミ……幽霊……?」


 しまった! 見える奴か!!

 慌てて姿を消そうとすると、がっちり腕を掴まれちまった。

 おいおい、触れるのかよ!? 俺でさえ、ピアノ触れるようになるまで三年かかったんだぞ!?


『は、はな……』


 「離せよ」と言い切る前に、眼鏡が大声を上げた。


「キミのピアノ! 凄く良かった!! また聞かせてほしい!!」


 ………………は?


「ボク、今のキミより綺麗なピアノの演奏を聞いた事がないんだ。もっと聞きたい……。聞かせてくれ!!」


『ちょっと待て!!』


 どうにか眼鏡から離れ、何となく距離を取る。あっちょっ、近づくなよ。


『お前正気か!? 俺はあの、音楽室の死神なんだぞ!?』


「それがどうした! ボクはとにかく、キミのピアノが聞きたいんだ!」


『俺の、ピアノが……』


 そんなこと、生きていた頃ですら言われた記憶がない。

 俺はただピアノが好きで、弾いているだけで幸せだったのにあんな……


 ……いや、思い出すな。


『…………断る』


 どうせ、幽霊が珍しいから、そんな適当を言ってるんだろう。

 そんなに見たけりゃあ、体育館に行けよ。こんな不愛想な奴じゃなくて、アイドル志望の可愛い女子が見れるぞ。


「まだ分からないのか?」


『えっ』


 今の声に出してねえんだけど。


「どうせ、ボクが幽霊見たさにテキトーな事言ってるんだって思ってるんだろ? 全っ然違うね! ボクはただ純粋に、キミのピアノが聞きたいんだ。たとえキミが嫌がろうと、弾かなかろうと、絶対に何度でも七時七分、ずっとここで待ってやるからな!!」


 そうまくしたてると、奴は門限があるだのなんだのと去ってしまった。

 ……あのビビりは演技かよ。


 はあ~~……。


 そうか。俺のピアノ、聞きたいのか。


 ……まあ、これは七不思議のトリを飾る者としての責務? みたいなものだから?


 ……明日も、いつも通り七時七分にピアノを弾いてやらんこともない。



 別に、あの自分のことを『ボク』だなんて呼ぶ、ガサツな女子のためなんかじゃないんだからな。


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