その5 『親友』

お題……「北」「観覧車」「役に立たない脇役」

ジャンル……「悲恋」


 がしゃん、と扉が閉まった。まるで牢獄のようで、少し気が滅入る。

 本当なら、ここはとても楽しい場所のはずなのにな。複雑な気分の私を乗せて、観覧車が上がっていく。

 北端にあるせいか、十一月にして雪の降る遊園地は、どうしても寂しさを感じさせた。


 ……私は、恋愛ゲームの『親友役』だ。


 多分、この世界をゲームだと認識しているキャラクターは、私を除けば主人公のあの子くらいだろう。

 いや、あの子だってプレイヤーに操られているという感覚はないはず。

 ……それがたまに、滑稽に見える。

 あなたは、自分の意志で彼を好きになったわけじゃないのよ、って。


 でも、そんな事は何があっても言えない。このゲームに、私みたいなメタ認知を持ったキャラクターは存在してはいけないんだ。

 だから私は笑いながら、何も知らないふりをしながら、あの子に気になる男の子の情報を伝え続ける。好きな色も、場所も、味も。

 元からデータに入っている事を、あたかも自分が調べたかのように教えてあげる。


 ……普通、親密度なんて他の人間が分かるわけないじゃない。

 でもあの子はそんな事、疑問にも思わないだろう。


 私はただの、お節介で友達思いな『主人公の親友』。


 最初から決められていたその役割に、不満はない。……はずだったのに。

 ねえ、どうして私だけこんなバグを抱えてしまったの?


 私だって、何も知らずにいたかった。他の皆みたいに、ただの脇役でいたかった。

 それなら、こんな苦しい思いをしなくても済んだのに……。


 ねえ、聞いてよ、○○○。私、好きなの。あなたの事が。


 好きな人の恋を応援しなきゃいけない人間の気持ちが分かる?

 私がどれだけあなたを思って、大切にしているか分かる?


 本当は誰にも渡したくない。あなたの周りにいる、かっこいい男の子達にも、あなたを操作しているプレイヤーにすら。

 私だけが、本当のあなたを愛しているの。

 主人公なんかじゃない、一人の普通の女の子としてのあなたを。


 本当に、本当に大好きだったんだよ?


 気が付くと、涙が流れていた。

 一度自覚すると、ぼろぼろと壊れたように流れてしまう。

 ……ううん。もう私は壊れている。あの扉が閉まる音は、本当に牢獄だったんだ。


 その証拠に、背後でパッチデータが蠢いている。

 このデータに飲み込まれたら『今の私』は消えて、『主人公の親友』だけが残されるんだろう。


 いやだ。きえたくない。わすれたくない。

 すきだよ。すきなの。すきだったのに。


 ねえ。


 でも、私が消えたらきっと、『あなた』は泣くでしょう?

 だから、ちゃんと最新版にアップデートしなくちゃね。振り返って、パッチデータの闇に笑いかける。


 さようなら、『私』。


 あの子が両思ハッピーエンドいになれる日まで、ちゃんと導いてあげてね、私。



「さようなら」



 ──はっ、と目が覚めた。


『ううん……?』


 なんだか頭がぼーっとする。なにか、大切なものを忘れたような……。


>○○ー!


 あの子が呼んでる。返事しなくちゃ……


『…………』


 ……あれ? なんでだろう、どうしてか、涙が……。


>……大丈夫?


 あちゃー、心配させちゃった。平気だって言わないと……。


『ううん、なんでもない。……ただのあくびだよ、あくび!』


>なーんだ! びっくりしちゃった!


 なんだかおかしくなっちゃって、つい二人で笑いあった。

 なんて事のない、平和で、穏やかな日々。


 ああ、この子の親友でよかったな。

 心から、そう思った。


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