第四十話 決戦の刻
剣武台の西側に位置する幕舎のなかで松浪剣之介は集中力を高めていた。
一刻(2時間)のちには決勝の試合がはじまる。
準決勝を見事制し、お祝いに駆けつけた諏訪と一丸を松浪は追い払った。
「ひとりにさせてくれ」
その一言で諏訪も一丸も松浪の緊張をさとったようだ。
なにもいわず去って、いまはひとりだ。
ひとりになって心気を研ぎ澄ませる。
だが――
意識のなかに不純物が、夾雑物が紛れ込む。
それは幔幕の合わせ目から、こちらをじっと見つめている。
「でてきたらどうだ」
幔幕に映る人影に向かって松浪が声を尖らせた。
そろり。
と、でてきたのは瓦版屋の辰蔵である。
「へへ、さすが松浪さまだ。ごまかせねえや」
辰蔵が機嫌をうかがうような口調でいう。
「なんの用だ?」
「いえね。ちょっとお耳に入れたいことがありやして」
「…………」
「ご安心くだせえ。風巻大地はケガの影響もあって、あの風の業を遣えやせん。尋常の剣で勝負するしかねえってことで」
「なんでそんなことをわたしに教える。おぬし、なにものだ?」
「ただの瓦版屋……と、いいてえところなんですが、是非ともあなたさまに勝っていただかなければ困る側にいるものなんでやすよ」
「
「へ?」
「失せろといった。おまえなどにいわれずとも、わたしは勝つ!」
「へへ。そうこなくちゃ。期待してやすぜ」
そういうと辰蔵はネズミのようにささっと消えた。
心気をさまたげる夾雑物は去った。
――風の業は遣えやせん。
瓦版屋の言葉が気にかかる。その言葉が落ち着きかけた松浪の心にさざ波をたてている。
「松浪さま、お時間がまいりました」
係のものが試合開始を告げにやってきた。
赤いタスキを締め直して木刀を携え、すっくと立ちあがる。
ついに決戦の
松浪にもう迷いはない。
風巻大地が風の業を遣おうが遣うまいが関係ない。
松浪剣之介は幔幕を跳ねあげ、さっそうとした足取りで剣武台に向かうのであった。
第四十一話につづく
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