第三十話 河田庄蔵


「よっしゃーっ!」


 思わず右腕を突きあげたのは太牙虎之介たいが・とらのすけであった。

 松浪剣之介まつなみ・けんのすけは二番の番号札、すなわち剣客番付第二席に昇格した虎之介と闘うことになった。

 必然的に大地は河田庄蔵かわだ・しょうぞうである。河田は虎之介と同じく地区予選進出の番外として出場したが、一回戦で九席、二回戦で八席の座を射止めていた。


「やったで! ケガ人や食い詰め浪人と闘うたところでおもろいこと、一個もあらへん。真桜流しんおうりゅうの金看板二枚、食ろうたるわ!」


 先に食った金看板は諏訪大三郎すわ・だいざぶろうである。虎之介のなかで真桜流なにするものぞといった気概が生まれている。


 大地はちらりと松浪を見やった。

 怒りを浮かべるどころか口辺に薄い笑みをいている。あるかなしかの微妙な表情だ。虎之介の遣う逆ツバメ返しに対抗する秘策があるのだろうか?


「お静かになさいませ、太牙さま」


 太兵衛がはしゃぐ虎之介をやんわりと注意した。

 徳兵衛がずいと前にでる。


「準決勝、決勝の日取りはこれより三日後、八月八日とします。

 これまでどおり準決勝戦は午前の部から、勝ち残った二人による決勝戦は午後の部に執り行います。

 皆様方の奮闘を期待します」


 武蔵屋徳兵衛の締めの言葉で組み合わせ抽選の儀は終わり散会となった。

 別れ際の一瞬、大地と松浪の目があったが二人ともなにもいわず背を返した。

 松浪も大地と同じく準決勝で当たりたかったのかもしれない。




 大地の足は宿には向かわず薬種問屋が軒を連ねる日本橋を目指した。

 膏薬と飲み薬を買わねばならない。

 しかし大地は表通りを避け、人気のない裏道を選ぶと、切り出されたケヤキやヒノキが立てかけてある材木置場へでた。

 にわかに立ち止まり、振り向かず声を発する。


「おらになんの用だべか?」


 大地は気付いていた。芝増上寺からずっと後をつけている影があることに。

 影が立てかけた材木のあいだからのそり、あらわれた。


「やはり、おめさんだっぺか……」


 影は予想通り河田庄蔵であった。



   第三十一話につづく


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