第二十九話 最後の抽選


 落雷の被害の影響で大会の中止が発表された五日後――


 二回戦を勝ち残った四人は再び、安国殿の裏手にある東屋あずまやに呼び出された。 

 落雷を受けた安国殿の屋根はすっかり元通りに修復されており、内部に納められている黒本尊も無事だったようだ。


 大地は相変わらず右腕を三角布で吊っている。先日、小石川養生所の庭で倒れた大地ではあったが、幸い大事に至ることはなく、養生所の治療と施薬で元気を取り戻していた。


「お待たせいたしました」


 抽選箱を抱えた番頭の太兵衛たへえを引き連れ、武蔵屋徳兵衛むさしや・とくべえがやってきた。

 卓の上に置かれた抽選箱に剣士剣客たちの視線が集まる。

 くじ引きの順は番付の上位者から優先権が与えられるので、第一席の松浪剣之介が相手札を引くことになった。


 松浪が相手札を引けば、あとの一組は自動的に決まる。他の三人は松浪に運命を託すしかない。


 大地は松浪よりもなぜか、隣に並ぶ浪人態の剣客が気になっていた。

 名を河田庄蔵かわだ・しょうぞうという。

 薄い無精髭を口辺に散らし、継ぎ当てのある麻の単衣ひとえに、色あせた紺の武者袴を穿いている。


 戦法は完全な受け太刀で、とにかく相手の攻撃を防いで防いで防ぎまくり、向こうが攻めあぐねて隙ができたところをすかさず打つ、といった地味で渋い勝ち方である。


 だが大地は、それが河田本来の闘い方ではないような気がする。端的にいえば――


(実力サおっ隠すてねえべか)


 と、にらんでいる。食い詰めた貧乏浪人のふうをまとってはいるが、安易に底をみせない不気味さを感じるのだ。


 ごそ。


 太兵衛に促されて、松浪が抽選箱に手を突っ込んだ。

 大地は松浪がおのれの札を引いてくれることを祈り念じた。

 この腕では二番つづけて闘うことには無理がある。


 大地の目的は武術会の優勝なんかではない。松浪を倒し、彼の口から一馬を廃人にした真相を聞き出すことなのだ。


 松浪が絞り口から手を取りだす。三番の札を引いてくれれば対戦できる。

 果たして、松浪はどの番号札を引いたのか?



   第三十話につづく

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