第二十五話 思わぬ再会


 目を覚ますと、傍らに若い娘がいた。

 見覚えがある。どこかであった気がする。


「あっ、おめさん――ぐッ!」


 思わず跳ね起きようとして大地は激痛に阻止された。そういえば屋根瓦の破片に右肩を貫かれて気を失ったのだ。


「ああっ、じっとしていてください。まだ起きあがってはなりません!」


 娘は大地を優しく寝かしつけた。そこは選手控え室となっている薄暗い幔幕のなかである。


「おめさんの名は確か……」


「留衣と申します。若槻留衣わかつき・るいです」


 思い出した。兄の道場を乗っ取った若槻源心わかつき・げんしんが姪にあたる留衣をそう呼んでいた。確か留衣の弟の名は祐馬ゆうまといったはずだ。


「あの節はどうも……ありがとうございました」


 留衣がいいにくそうに頭を下げた。

 留衣からみれば大地は道場破りにきた無法者である。彼のおかげで窮地を脱したとはいえ、素直にお礼をいえる人物ではないようだ。


「おめさん、こんなところでなにしてるだ?」


 もっともな疑問を大地は口にした。留衣は袖を絞った白い浄衣じょうえのようなものを小袖の上からまとい、頭には同じく白い無地の手ぬぐいを被っている。


「わたしは小石川養生所から派遣されて負傷者の治療にあたっております」


「小石川養生所……?」


 小石川養生所とは当代将軍・徳川吉宗が貧民救済のため無料で治療にあたらせた幕府直轄の医療施設である。

 最初の収容可能人数は四十人ほどだったが、庶民の評判が広まるに連れ入所希望者が殺到。その都度、増築を繰り返し、享保十七年のいまでは五棟の建物に百五十人もの病人を詰め込める規模になっている。


「兄・一馬かずまもそこにいます」


 留衣がはっきりとした口調でいった。

 ケガの功名とはこのことだ。大地は思いがけず探していた人物の所在をつかんだ。


「一馬が……そこに……?」


 大地は「小石川」の地名を繰り返した。ついに、ついに一馬に会えるのだ。


「あ、案内してけろッ!」


 ぶり返す肩の痛みも忘れて大地は声を張りあげていた。



   第二十六話につづく


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