第二十四話 代償という名の業罰


 炎を帯びた大小の瓦礫がれきの下敷きになりかけた、そのとき――


 ときがとまった。

 ひともモノも、風も炎も動きをとめ、灰色の静止画のなかに暮葉はいた。

 暮葉だけは動けた。

 暮葉は往還に飛び出て真っ赤に焼けた空を見あげた。

 天空の一角にきらめく星が見える。

 その星からなにかが伸びてくる。

 一筋の光の糸だ。

 暮葉の体にその糸は巻きつくと、彼女の体を物凄い勢いで引っ張りあげた。



 暮葉はもどった。

 もとの六道世界に。




「一本、勝負あり!」


 気がつくと暮葉の額の一寸上に大地の木刀があった。

 たたきつけるような驟雨に小袖も袴もびしょ濡れになっている。

 灰色の天空を稲光が切り裂き、雷鳴が轟音をたてる。

 会場を見渡すと観客の姿はなく、みな建物の軒下に避難している。


「おめさんの負けだべ」


 静かな声音で大地がいった。


「わたしは……もどってこれたんですね」


「なにいってるだ。おめさんの放つつむじは、おらの旋に跳ね飛ばされた。そんだけだ」


 先ほどの光景は幻覚ではない。一瞬裡に暮葉の意識と体は違う時空に飛び、そしてまた、呼び戻されたのだ。


 降りしきる雨の中、暮葉が木刀を納め大地と黙礼を交わした、そのとき――


「ッ!!」


 凄まじい閃光と雷鳴が安国殿の屋根を直撃した。

 瓦屋根がはじけ飛び、その破片が暮葉を襲う!

 おのれに向かってくる破片を暮葉は甘んじて受けようとした。代償という名の業罰ごうばつは逃れようもないし逃げてならない。

 だが――


「ッ!!」


 大地が暮葉の盾となって木刀で破片を打ち払った。破片がさらに割れて大地の右腕の付け根に突き刺さる。


「がっ!」


 大地が思わずうめき声を漏らしてその場に倒れた。

 安国殿の屋根が音をたてて燃えている。

 役人たちは消火に懸命で大地のケガなどに気を留めるものはいない。


「だれか!」


 暮葉は叫んだ。

 太牙虎之介と辰蔵が雨のなかを台上にあがってきた。


「ああっ、こら、あかん!」


 ひと目見て重症だとわかったようだ。これでは三回戦の準決勝は闘えないだろう。


「申し訳ありません。わたしのために……」


 暮葉は袖を引き裂くと血が吹き出る大地の右肩に押し当てた。


「巫女さんのためじゃねえべや。おらの体が勝手に動いただけだべ」


(やはり、このお方には仏性がある)


 すると、暮葉の脳裏にひらめくものがあった。大地にまつわる一瞬先の未来がみえた。

 虎之介の背に負われる大地に暮葉はいった。


「あなたはもうすぐ、探していたひとに会えるでしょう」


 大地の目は閉じていた。声が届いたかどうかはわからない。

 暮葉は踵を返した。

 帰ったら父に詫びねばならない。

 そして大地のために水垢離をするのだ。



   第二十五話につづく


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