第二十二話 理外の理


 暮葉くれはが居合い腰に沈んで木刀を左腰につけた。大地がつか風門流抜刀術ふうもんりゅうばっとうじゅつと同じ構えである。


 大地も構えを同じくする。

 足元を風が吹き抜ける。

 風は暮葉が立つ上手かみてから吹いている。大地は風下に立たされた格好だ。


「おめさんも風門流を遣うだべか?」


 試合中に無駄なおしゃべりはしない主義の大地だが、あえてきいてみた。風門流はだれもが簡単に修得できる業ではない。


三昧さんまいに入れば『理外りがいの理』がみえます。あなたもそのための修行をしてきたのでしょう?」


 三昧とは、一切の雑念を捨て去った境地で、その世界に没我することで通常ではみえぬものを感得できるという禅や密教の教えである。

 大地が天狗の師匠から教えられたものはまさしくそれであり、山岳密教の根本原理であった。


 葛城神社の巫女である暮葉は修験道の開祖・役小角えんのおづぬが修行したといわれる葛城山の産土神うぶすながみを信仰する道統を受け継ぐものであり、「理外の理」の実践者でもあったのだ。


 すすっ。


 暮葉がさらに低く腰を落とした。

 三昧が深まる。

 暮葉の耳には観客の声援や怒号、空に轟く雷鳴はもう聞こえない。

 生暖かい湿気や頬を打つ雨粒もない。

 ただ風の流れだけがみえる。


 すると――


 大地の背後から光があらわれ、ひとの形をとりはじめた。

 子供とも大人とも、女とも男ともつかぬ光のものである。

 淡い光を発し、白い貫頭衣かんとういをまとったそのものは暮葉に向かっていった。


「やめよ暮葉。おまえはそこから先に進んではいけない」


「やはり、あなたさまでしたか」


 うっとりしたした声で暮葉はつぶやく。


「お会いしとうございました」


「刀を納めよ。おまえがわざつかわば地獄に堕ちることになるぞ」


「構いません。わたしはもう、六の目にいることに飽きました」


 ブオン


 光るものの警告も届かず、暮葉は風の流れに乗せて木刀を抜き払った。

 大地も木刀を抜き打つ!


 ゴウ


 旋風と旋風がぶつかりあい、凄まじい轟音をたてた。

 刹那――

 眩光がはじけた。

 その光は瞬く間に広がって暮葉の体を呑み込んでゆくのであった。



   第二十三話につづく


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