第九話 巫女剣士の託宣


 一回戦が終わり、勝ち残った八名が安国殿裏手の東屋あずまやに集められた。

 この試合で激しく番付順位が入れ替わった。

 番付上位のものから、二回戦における組み合わせ抽選のクジを優先的に引くことができる。


 上位二席は揺るがない。第一席の松浪剣之介、第二席の諏訪大三郎、そして一丸初を倒した風巻大地が三番目に並ぶ。

 太牙虎之介も五席の相手に勝利を収めたので、並び順は五番目だ。


「筆頭どの、三番だけは外してくれんかのう」


 諏訪が松浪に懇願するようにいった。もちろん次順の大地に聞こえるようにいっている。


「三番を引きたいのはおまえだけではないだろう。ここにいる全員が三番とやりたいはずだ」


 松浪はその場にいる全員を見渡した。末席にいる浪人風体の男を除き、みな得たりと深くうなずく。


「でも、こればかりは縁でしょう」


 七番目の列から柔らかな声が響いた。

 女の声である。この試合、唯一の女性参加者である葛城暮葉かつらぎ・くれはだ。

 暮葉は本郷の外れにある葛城神社の巫女であった。襟や袖に朱の縫い取りを施した白い小袖をまとい、燃えるようないろ緋袴ひばかまをはいている。


「風巻さまは、わたくし七番の札をお引きになります」


 暮葉がひたと大地を見据え断言する。

 大地はなにもいわない。美麗な巫女から秋波にも似たなにかを送られ、ぽりぽりとこめかみのあたりをかくのみだ。


「やれやれ、巫女さんのご託宣かいな。男にも女にもモテモテやな」


 虎之介が茶化すようにいう。だが、大地の目的は松浪だ。松浪以外は眼中にない。


「おしゃべりはそこまでにして、始めましょうか」


 武蔵屋徳兵衛むさしや・とくべえが番頭の太兵衛たへえを引き連れてやってきた。太兵衛が抽選の箱を大事そうに卓に下ろす。


「では、松浪剣之介さまから」


 太兵衛が松浪をうながした。

 松浪はちらりと大地に視線をくれると、箱の中に手を入れ、相手札を引き出す。

 番号札は四番とある。大地の右隣にいるひょろりと背の高い男だ。


「真桜流・松浪剣之介さまのお相手は第四席、小野派一刀流の平井堅太郎ひらい・けんたろうさまに決まりました」


 松浪と平井が互いに黙礼をかわす。

 松浪は落胆を露わにしない。由緒ただしき武家の節度か胸中深く押し隠している。


「よっしゃあ!」


 それとは正反対なのが諏訪だ。松浪に向かって外せと念じていたに違いない。

 ガサガサと乱暴に箱の中をかき回し、勢いよく相手札を引き出す。


「ウッ!」


 諏訪が喉になにか詰まったような声をだした。

 諏訪が引いたのは五番の番号札、太牙虎之介である。


「ひえ~~っ、よりにもよってオッサンに指名されてしもたわ」


「だれがオッサンじゃ、こら!」


「私語は謹んでください」


 太兵衛にやんわり注意されて虎之介と諏訪が唇を引き結ぶ。だが、視線はバチバチと雄弁に火花を散らしている。


 大地の番になった。

 松浪が平井の番号札を引いた以上、次戦での対戦はありえない。

 やや気乗りしない表情で抽選箱の絞り口に手をいれると――!


 葛城暮葉が一歩進みでてきた。

 大地の手はまだ相手札を引き出していない。


「つかんだその札をそのまま引き出してください」


 湿り気を帯びた声で暮葉がいった。

 大地が暮葉を見つめる。

 大地の目には暮葉の輪郭が淡い光のようなものにつつまれているのがわかる。


(このオナゴ、大師匠と同じだべ)


 大地はそのまま相手札を引き出した。

 見るまでもない。

 番号札を暮葉に示す。

 暮葉が微笑み、他のものたちの驚きの声が響く。

 大地の次戦の相手は託宣どおり暮葉に決まったのだ。



   第十話につづく


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