第八話 風のからくり


「あたた……負けちゃったよ」


 悪びれることもなく、苦笑のような笑みを浮かべて一丸初いちまる・はじめは、松浪と諏訪が待ち構える枡席へとやってきた。


「笑ってる場合か、おまえは今日から番付十席のヘタレじゃ」


 諏訪が苦い顔でたしなめる。それまで所持していた第三席の座は勝った大地のところへゆき、大地がもっていた十席の座と交換されてしまったのである。


「責めるな。あれほどのわざだとはだれも想像がつかぬ」


 木刀ではなく、木刀が起こした風で勝つ。かつてそんな剣士が存在しただろうか。松浪は腕組みをしたままつぶやくようにいった。


「それもそうじゃ。しかし……」


 松浪につられて諏訪も難しげな顔をつくる。


「となれば、どう闘えばいいんじゃ。皆目かいもく手立てが思い浮かばぬ」


「簡単だよ」


 あっさりと一丸がいった。


「風を起こす前に倒せばいいのさ」


「負けたくせになにぬかす」


「いいや、はじめのいうとおりだ」


 一丸と諏訪の会話に松浪が割って入る。


「どうやら初はつかんだようだな。風起こしのからくりを……」


「風のからくり?」


 諏訪が酢を呑んだような顔になってきき返した。


「ああ…この次闘ったら、ぼくは負けない。必ず勝つよ」


 一丸が絶対の自信をのぞかせて断言した。


「おい、からくりとはなんじゃ、わしにも教えろ」


 諏訪大三郎はこの先、大地と闘う可能性がある。業のからくりがわかれば必勝法もあるはずだ。


「初、教えてやれ」


 松浪が命じた。


「うーん、ホントは教えたくないけど……」


 一丸が渋る。できれば自分の手で雪辱リベンジを果たしたい。


「おまえも真桜流の一員じゃろが。

 看板を大事に思うのなら、はよ教えんか!」


 諏訪が焦れて怒鳴った。真桜流奥伝道場の重鎮二人が揃って負けたのでは看板に傷がつくというものだ。


「……わかったよ。あの業は――」


 一丸が語り出す。

 驚きの表情を浮かべる諏訪を横目に松浪は剣武台に注意を向けた。

 早くも第二試合がはじまっている。

 三尺三寸(約1メートル)の長い虎縞の木刀をふるう太牙虎之介が、斬りあげ斬り落としの「逆ツバメ返し」で一本を決めた。

 松浪は席を立った。

 早くもおのれの番がまわってくる。

 灼熱の太陽に負けじとばかり松浪剣之介の闘志も静かに燃えさかっていた。



   第九話につづく


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