第五話 足がかり


 大地の体が宙を舞う。

 そのまま落下して地面に五体の一部が触れれば即失格である。


 カッ


 大地が足を振って一丸の木刀を蹴った。

 そこが支点となって大地の体が反転する。

 いわば一丸の木刀を足がかりにした形だ。


「おおーっ!」


 観客が再びどよめいた。

 空中でおおきく体勢を変えた大地はツバメが翻るがごとく、ひょいと一丸の後ろに着地した。




はじめのバカが! 油断しおって」


 一丸側の枡席で諏訪が吐き捨てた。

 大地の腹に膝を入れ、弾きだしたまではよかったが、勝ち誇ったかのように木刀を突き出したままだったので、足がかりにされてしまったというわけだ。




「はあ~~っ、寿命が一年は縮みましたぜ」


 辰蔵が手ぬぐいで額と腋の汗を拭った。真夏の太陽がかかせた汗とは別種の汗である。


「やはり、ただものではあらへんな」


 底光りのする目で虎之介は台上の大地をにらんでいる。


「さて、風遣いの本領、見せてもらおやないか」




「そんなんアリかよ」


 一丸は曲芸師まがいの大地の身のこなしに茫然としていた。

 いま、目の前で起きたことが信じられない。


「くるぞッ、初!」


 諏訪の声が飛んだ。

 構えたときにはすでに遅く、大地が居合い腰に沈み、木刀を左腰につけている。

 大地の前足である右足が床から一寸ほど浮き――


 ダン


 おおきく音をたてて踏み下ろす。


 ブオン


 抜き放たれた木刀が突風を巻き起こす。


 ――風門流抜刀術ふうもんりゅうばっとうじゅつつむじ


 竜巻にも似た暴風がいま、一丸初に襲いかかった。



   第六話につづく


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